キミと歌う恋の歌
「それで、私共も今回の件については反省しておりますし、どうかこの件はご内密にしていただけないでしょうか?」
父は頭を下げたまま、そう続けた。
そして、しばらくして体を起こし、目の前に不自然に置かれていた厚みのある茶封筒を台の上を滑らして、おばあさんの前に置いた。
おばあさんはじっとそれを見下ろしてから、手に取って中身を出した。
中から出てきたのは紙幣の束だった。
おばあさんは慣れた手つきで親指と中指で紙幣を一枚ずつ数えた。
「…10万円ですか」
「も、もちろん上野さんにしてみれば、10万円など端金だと思うので、さらに上乗せさせていただきますよ」
「私でなければ10万円で十分だと思っていたというわけですか?」
おばあさんが封筒の中に戻している1万円札を眺めながら、なんとも言えない空虚な気持ちになる。
父は面倒ごとを片付けるために平気で10万円札を包んだのだろう。
私が必死に頼み込んでもその10分の1すらくれなかったのに。
「い、いやそういうわけでは」
苦笑いで誤魔化そうとする父をおばあさんは冷たい目で見て、元に戻した茶封筒を父の前に置いて返した。
「こんなものいりません。いくら大金を積まれても私は揺らぎませんから。
ですが、貴方のその態度を見て、私は改めて確信しました。
こんな家にアイさんを置いておくべきではない」
おばあさんが毅然とした表情でそう言い切ると、父は隠そうともせずに大きなため息をついた。
「はあ、じゃあ警察や児童相談所に通報しますか?
どうぞご自由にしてください。
話がまとまらないなら仕方ないです」
「…おい、お前」
突然態度を豹変させ、おばあさんに強気な口調を使う父に、後ろにいたレオがたまらずという様子で声を荒げた。
しかし、「レオ!」とおばあさんが跳ね除けるように名前を呼び、黙らせた後で、余裕な笑みで父を見つめ返した。
「通報なんてしませんよ。だって貴方、裏で手を回して結局アイさんを連れ戻すんでしょう?」
「誰がそんなことを?」
「さあ?」
そばにいるだけで感電して痺れてしまいそうなほど、2人は火花を散らしていた。
「そんなの噂にすぎませんが、通報しないとしてどうするおつもりですか?他に取れる手段はないでしょうし、結局こいつはここに戻ってくるしかないでしょうね」
初めて父親は私の方を見たが、その目はとても冷たく、一瞥したらすぐにまた視線を元に戻した。
「こいつではないでしょう。
自分の娘なんだから名前を呼んだらどうです?
とにかく、私はアイさんに関して通報する気も、この家に戻す気もさらさらありません」
澱みなく言い切ったおばあさんに一抹の不安を覚える。
堂々としている様子はかっこよくて憧れるけど、実際問題一体どうするつもりなんだろうか。
施設にも引き取ってもらえず、家にも戻らないとなると、私には行く宛がなくなる。
そんなこと父にも当然わかっていて、父はおばあさんを馬鹿にするように高らかに笑った。
が、おばあさんが次に発した言葉で父は途端に顔の色を失った。
「アイさんは私の保護のもとで、私の家で暮らしてもらいます」
「…は?」
笑顔が途端に消え、父は低い声で呟いた。
だけど、私は父にばかり注力していられなかった。
事前に何も聞いていない、おばあさんの突然の発言に面食らっていた。
後ろを振り向いて2人を見ると、レオと津神くんは顔を見合わせて静かに驚いている。
「お、おばあさん、それはさすがにできな」
「何を言っていらっしゃるんでしょう。
こいつの保護者は私たちです。
貴方が権限もなく、自分の家に連れ去ると言うのなら未成年略取で訴えますよ」
早口でそう告げてジロリと睨む父を気にするそぶりも見せず、おばあさんは私を突然話を振った。
「ねえ、アイちゃん。貴方はどう?
ここでまた元の生活に戻るのと、私たちの家で、私とレオと暮らすのどっちがいい?」
父は頭を下げたまま、そう続けた。
そして、しばらくして体を起こし、目の前に不自然に置かれていた厚みのある茶封筒を台の上を滑らして、おばあさんの前に置いた。
おばあさんはじっとそれを見下ろしてから、手に取って中身を出した。
中から出てきたのは紙幣の束だった。
おばあさんは慣れた手つきで親指と中指で紙幣を一枚ずつ数えた。
「…10万円ですか」
「も、もちろん上野さんにしてみれば、10万円など端金だと思うので、さらに上乗せさせていただきますよ」
「私でなければ10万円で十分だと思っていたというわけですか?」
おばあさんが封筒の中に戻している1万円札を眺めながら、なんとも言えない空虚な気持ちになる。
父は面倒ごとを片付けるために平気で10万円札を包んだのだろう。
私が必死に頼み込んでもその10分の1すらくれなかったのに。
「い、いやそういうわけでは」
苦笑いで誤魔化そうとする父をおばあさんは冷たい目で見て、元に戻した茶封筒を父の前に置いて返した。
「こんなものいりません。いくら大金を積まれても私は揺らぎませんから。
ですが、貴方のその態度を見て、私は改めて確信しました。
こんな家にアイさんを置いておくべきではない」
おばあさんが毅然とした表情でそう言い切ると、父は隠そうともせずに大きなため息をついた。
「はあ、じゃあ警察や児童相談所に通報しますか?
どうぞご自由にしてください。
話がまとまらないなら仕方ないです」
「…おい、お前」
突然態度を豹変させ、おばあさんに強気な口調を使う父に、後ろにいたレオがたまらずという様子で声を荒げた。
しかし、「レオ!」とおばあさんが跳ね除けるように名前を呼び、黙らせた後で、余裕な笑みで父を見つめ返した。
「通報なんてしませんよ。だって貴方、裏で手を回して結局アイさんを連れ戻すんでしょう?」
「誰がそんなことを?」
「さあ?」
そばにいるだけで感電して痺れてしまいそうなほど、2人は火花を散らしていた。
「そんなの噂にすぎませんが、通報しないとしてどうするおつもりですか?他に取れる手段はないでしょうし、結局こいつはここに戻ってくるしかないでしょうね」
初めて父親は私の方を見たが、その目はとても冷たく、一瞥したらすぐにまた視線を元に戻した。
「こいつではないでしょう。
自分の娘なんだから名前を呼んだらどうです?
とにかく、私はアイさんに関して通報する気も、この家に戻す気もさらさらありません」
澱みなく言い切ったおばあさんに一抹の不安を覚える。
堂々としている様子はかっこよくて憧れるけど、実際問題一体どうするつもりなんだろうか。
施設にも引き取ってもらえず、家にも戻らないとなると、私には行く宛がなくなる。
そんなこと父にも当然わかっていて、父はおばあさんを馬鹿にするように高らかに笑った。
が、おばあさんが次に発した言葉で父は途端に顔の色を失った。
「アイさんは私の保護のもとで、私の家で暮らしてもらいます」
「…は?」
笑顔が途端に消え、父は低い声で呟いた。
だけど、私は父にばかり注力していられなかった。
事前に何も聞いていない、おばあさんの突然の発言に面食らっていた。
後ろを振り向いて2人を見ると、レオと津神くんは顔を見合わせて静かに驚いている。
「お、おばあさん、それはさすがにできな」
「何を言っていらっしゃるんでしょう。
こいつの保護者は私たちです。
貴方が権限もなく、自分の家に連れ去ると言うのなら未成年略取で訴えますよ」
早口でそう告げてジロリと睨む父を気にするそぶりも見せず、おばあさんは私を突然話を振った。
「ねえ、アイちゃん。貴方はどう?
ここでまた元の生活に戻るのと、私たちの家で、私とレオと暮らすのどっちがいい?」