キミと歌う恋の歌
どうしたいと言われたって…
私は黙り込んでしまう。
正面から強い視線を感じて、顔を上げると姉がわかっているよなとでもいうようなきつい目で私を凝視していた。
両隣にいる父や母の表情からも同じような思いを感じる。
間違えたらただじゃおかないぞと口で言わずとも目で訴えている。
私はずっとこの目線が怖くて逃げてきた。
できる限り目線や表情で意図を察して、地雷を踏まないように慎重に歩いて、
いつの間にか私の足裏はでこぼこの砂利道で傷だらけになっていた。
『自分のことだけ考えなさい』
おばあさんの言葉がふと浮かんだ。
私は、
「おばあさんと上野くんと暮らしたい…です」
誰とも目線を合わせずに、膝の上で拳をギュッと握りしめてそう言った時、脛に電気が走るような痛みを感じた。
思わず小さく呻き声をあげて、脛を押さえたところで、やっと机の下で姉に蹴られたのだと気づいた。
「おい!ふざけんなよ」
即座に気づいた津神くんが大声で姉の胸ぐらを掴もうと手をまっすぐに突き出した。
「だ、大丈夫。なんでもないよ」
慌てて席から立ち上がって振り向き、津神くんにそう告げると、津神くんは唇をかみしめて突き出した手を力無くぶらりと下げた。
何も見えていなかったレオは動揺していたが、おばあさんはやはりそれでも気丈な態度を崩さず、父を真っ直ぐと見つめた。
「そういうことですので、許可していただけませんか?アイさんが私の家で暮らすことを」
「認められませんね。こいつが何と言おうが、保護者は私共ですので」
おばあさんの言葉に全く頷く様子のない父に、おばあさんはふーっと長いため息をついた。
「貴方方は、何年も自分の娘の心を虐げてきたという自覚はないんですかね」
「虐げてきた?何をいっているのかわからないな。
外野からなら何とでも言えますよ。それでもきっと後々気づく。この子はね、欠陥品なんですよ。
ここにいる美愛も、そして長男も幼い頃から才能を際限なく発揮してきたというのに、こいつはどれだけお膳立てしても何もできない落ちこぼれのまま変わらなかった。
むしろそんな落ちこぼれにも関わらず育ててきてやったこと、感謝してほしいくらいですよ、こちらは」
父は侮蔑の目を私に向ける。
恥ずかしくて情けなくて、穴があるなら今すぐ入りたかった。
実の家族にこれほどまでと貶される私を3人はどんな目で見ているんだろう。
しかし、次の瞬間、私を侮蔑の目で見る父の前でおばあさんは拳で机を殴りつけ、その場にいる全員が動きを止めた。
「恥を知りなさい。
子どもは貴方のアクセサリーでも自慢の道具でもない。1人の人間です。
それに、言わせてもらいますけど、アイさんは全くもって落ちこぼれなんかじゃない。
類稀なる才能に満ちた女の子です。
私の前でこの子を貶すことは絶対に許しませんから」
「な、」
これまで見せてきた態度と裏腹で、怒りの感情がむき出しのおばあさんの姿に父は一瞬動揺した。
しかし、おばあさんはそのままの勢いで喋り続けた。
「そちらがその態度ならこちらも強行手段で行かせていただきます。
ソウジくん、あの動画見せてごらんなさい」
「あ、はい」
名前を呼ばれた津神くんはスマートフォンをテーブルの中央に置き、昨日の騒動の一部始終が収められた動画を流し始めた。
動画は乱れている部分も多いが、たまに鮮明に母と姉を映している。
父はこの動画を撮られたことを伝えてられていなかったのか、怒りの形相で母と姉を睨みつけ、2人は顔を青くして目線を逸らしいている。
「アイさんがうちで暮らすことを許可していただけないのであれば、こちらの動画をSNSに流すか、週刊誌に提供します。
それに加えて、私が今でも繋がりがある業界の方々に貴方がたの家族のお話を詳細にさせてもらいます。
美愛さんの芸能活動に支障をきたすのみでなく、貴方の会社も大きな打撃を負うでしょうね」
「…貴方が…そんな汚いやり方をする方だったとは。がっかりですね」
「これまでの人生で芸能界の経歴をこんな風に悪い方向へ利用したことなど誓ってありませんわ。
ただ、今回に限っては汚いやり方をしてでも私は守るべきものを守ろうと決めましたので。
それに、汚いやり方なのはお互い様ではないでしょうか?
まあ、いずれにせよ、貴方方の選ぶ道は二つに一つです。アイさんの思いを尊重するか。もしくは、アイさんの意思を無視して一家共倒れになるか。
さあ、どちらを選びますか?」