キミと歌う恋の歌
沈黙の時間はどれほど続いただろうか。
父はテーブルの上で手を組み、考え込むように顔を下げていた。
姉はわかりやすく動揺していて、ガタガタと震えながら、時折父の様子をちらちらと伺っていた。
「…私がその条件を飲めば、その動画は削除してくれるということでしょうか?」
無言を断ち切ったのは父だった。
「いいえ、貴方方が約束を破ることも考えられますので、こちらは切り札として取っておきます。
ですが、そちらが約束を守る限り、絶対に公開することはありません」
「約束とは、こいつを貴方の家に住まわせることを許可することだけですか?」
「いいえ。
お世話になっている弁護士さんに少し手伝ってもらって、契約書を作成してきました。
こちらを全て守ってもらいます」
そういって、おばあさんはハンドバッグから一枚の紙を取り出して、テーブルの上に置いた。
「まあ簡単に言えば、まずはアイさんがうちで暮らすことを認めること、そして、これまでの虐待行為の数々への慰謝料と相応の生活費を速やかにアイさんの口座に振り込むこと、そして、アイさんと接触する際はまず私を通してからにすること。
それから最後に、これまでの全てをアイさんに対して真摯な態度で謝罪すること。
これを全て飲んでもらえないのであれば、私は契約不成立とみなして、遠慮なく動画を流します」
言い切ったおばあさんの姿を横から見ていて、瞳が潤んだ。
昨日会ったばかりの人が、誰もが認める芸能界のスターが私のためにここまで考えて動いてくれた。
私は一体それに見合うだけの人間だろうか。
私は彼女から受けた恩に対して何を返せるだろうか。
「な、そんなの」
だが、あらためて告げられた契約内容に父は腹を立てたようだ。
眉間に皺を寄せて、声を荒げた。
しかし、おばあさん負けじと強く言い返す。
「認められないんですね。
わかりました。じゃあソウジくんそれSNS?で今から流せる?」
「あ、はい。わかりました」
おばあさんに指示された津神くんはテキパキとスマートフォンを操り始める。
その姿を見た姉は耐えきれないといった様子で立ち上がり、隣の父に向かって「お父さん!」と叫び声にも近い声をあげた。
過呼吸気味に呼吸を荒くする姉とそれを心配する母の金切り声で途端に部屋がパニックに陥る。
父はそんな姉を「黙ってろ!」と一度怒鳴りつけ、血走った目で頭を掻きむしりながら、足を小刻みに揺らしていたが、数秒経ったのち、諦めたように全身の力をだらりと抜いて椅子にもたれかかった。
頭を抱えて、深いため息をひとつ吐き、弱々しい声で言った。
「わかりました。受け入れます。全て」
項垂れた様子の父をしばらく見つめた後で、おばあさんは「そう」と一言だけ言い、津神くんを制止した。
それは、私の人生の"絶対"が崩れた瞬間だった。
父はテーブルの上で手を組み、考え込むように顔を下げていた。
姉はわかりやすく動揺していて、ガタガタと震えながら、時折父の様子をちらちらと伺っていた。
「…私がその条件を飲めば、その動画は削除してくれるということでしょうか?」
無言を断ち切ったのは父だった。
「いいえ、貴方方が約束を破ることも考えられますので、こちらは切り札として取っておきます。
ですが、そちらが約束を守る限り、絶対に公開することはありません」
「約束とは、こいつを貴方の家に住まわせることを許可することだけですか?」
「いいえ。
お世話になっている弁護士さんに少し手伝ってもらって、契約書を作成してきました。
こちらを全て守ってもらいます」
そういって、おばあさんはハンドバッグから一枚の紙を取り出して、テーブルの上に置いた。
「まあ簡単に言えば、まずはアイさんがうちで暮らすことを認めること、そして、これまでの虐待行為の数々への慰謝料と相応の生活費を速やかにアイさんの口座に振り込むこと、そして、アイさんと接触する際はまず私を通してからにすること。
それから最後に、これまでの全てをアイさんに対して真摯な態度で謝罪すること。
これを全て飲んでもらえないのであれば、私は契約不成立とみなして、遠慮なく動画を流します」
言い切ったおばあさんの姿を横から見ていて、瞳が潤んだ。
昨日会ったばかりの人が、誰もが認める芸能界のスターが私のためにここまで考えて動いてくれた。
私は一体それに見合うだけの人間だろうか。
私は彼女から受けた恩に対して何を返せるだろうか。
「な、そんなの」
だが、あらためて告げられた契約内容に父は腹を立てたようだ。
眉間に皺を寄せて、声を荒げた。
しかし、おばあさん負けじと強く言い返す。
「認められないんですね。
わかりました。じゃあソウジくんそれSNS?で今から流せる?」
「あ、はい。わかりました」
おばあさんに指示された津神くんはテキパキとスマートフォンを操り始める。
その姿を見た姉は耐えきれないといった様子で立ち上がり、隣の父に向かって「お父さん!」と叫び声にも近い声をあげた。
過呼吸気味に呼吸を荒くする姉とそれを心配する母の金切り声で途端に部屋がパニックに陥る。
父はそんな姉を「黙ってろ!」と一度怒鳴りつけ、血走った目で頭を掻きむしりながら、足を小刻みに揺らしていたが、数秒経ったのち、諦めたように全身の力をだらりと抜いて椅子にもたれかかった。
頭を抱えて、深いため息をひとつ吐き、弱々しい声で言った。
「わかりました。受け入れます。全て」
項垂れた様子の父をしばらく見つめた後で、おばあさんは「そう」と一言だけ言い、津神くんを制止した。
それは、私の人生の"絶対"が崩れた瞬間だった。