キミと歌う恋の歌
「アイ、顔あげろ」


頭上からレオの声降ってきて、顔を上げた。


「アイはいつも自分だけが周りを振り回して迷惑をかけているみたいに言うけどさ、俺たちだって喧嘩したり、お互いに迷惑かけ合って、その度に支え合ってここまでやってきてるんだ。
これからだって、もしかしたら俺たちの誰かが道を間違えたり、誰かを傷つけたりしてしまうことだってあるかもしれない。
俺たちじゃなくても、アイの周りの人が辛い間に合っていたり、苦しんでるかもしれない。
だからさ、その時はアイが助けてやればいい。

俺たちはお前に感謝されたいとか、見返りが欲しいなんて思って、行動したことなんて一つもない。
アイがそういう性格なんだっていうことはわかってるけど、もう、この件に関してごめんもありがとうも言わなくていい。

アイは昨日、俺たちと対等の関係になりたいって言っただろ?
俺たちも一緒だ。
いつまでも迷惑かけたとかで負い目を感じていてほしくない。
バンドメンバーだけどさ、それと同時に俺たちは友達だろ」


語りかけるような優しい口調でそう言ったレオはニカっと歯を見せて笑った。

レオのまっすぐな言葉に感極まって何も返事できずに俯いていると、いつの間にかメルが隣にいて、手をぎゅっと握ってくれる。

タカさんも肩にポンっと手を置いてくれて、私の顔を覗き込むように腰を曲げて、笑いかけてくれた。


もう涙は本当に今日で終わりにしようと、何度も何度も心の中で唱えているのに。


「…わかった、ありがとうう〜」


声を出したらもうダメだった。
蛇口をめいいっぱいに回したみたいに涙が溢れ出して、言葉に続いて泣き声が部屋に響く。


唇をかみしめて涙を止めようとする私の顔がおかしかったのか、レオがふっと目を細めて笑い、笑いが連鎖的に広がっていく。

声をあげて笑うみんなの中心で涙を流しながら心から思う。

生きていてよかったと。





「ねえ、アイ今からお出かけとかできない?きつい?」


箱テッシュを受け取って涙を拭いていると、ふいにメルが口元に手を置いて、甘えるように聞いてきた。


「え、い、いや、キツくはないよ。あんなに寝ちゃったし」


「みんなでお買い物行かない?新しいショッピングモールができたみたいでね。アイもさ、色々必要なものがあるでしょ?」


確かに、メルの言う通りだ。
メガネも流石に授業を受けるのであれば絶対に必要だし、何でもかんでもおばあさんに頂いたり、メルに借りたりするわけにはいかない。


「でも、その、お金が」


またそれかという感じだが、この問題から逃げ出すことはできない。


今の私は本当に一文無しだ。


だけど、メルはにっと笑って、レオと顔を見合わせた。


そして、レオはテーブルから何やら茶色の封筒をとって、私に手渡した。
受け取って中を見ると、そこには一万円札がたくさん入っていた。


「何これ…」

思わずつぶやく。

「お前の家族からばあちゃんが受け取ってきたって。とりあえず今はこれだけ。今後は通帳作ってそこに振り込むってさ」


持ったことのない大金に手が震える。


あの両親が本当に私にお金を使ったのかと思うと、心まで震える。


「こ、これ使っていいのかな」


心の中で言ったつもりだったが、口にしていたみたいだ。


メルが腰に手を置いて、ハーフツインを揺らしながら頬を膨らませて言った。

「当たり前じゃん。それはアイが本来享受してるべきだったお金だよ。むしろそんなんじゃ全然足りないよ」


「お!いいこと言うじゃん〜メル。その通りだよアイ」


レオがメルの肩に腕を回して、そう言った。


メルの言葉を頭の中で繰り返しながら、手の上の大金をじっと見つめる。


これだけあれば何が買えるだろうか、何が出来るだろうか。
メガネも新しい下着も、CDも買えるだろうか。


これまで考えないようにしていた夢が膨らんでいく。


「…うん。大切に使う」


お札を握りしめてそう言った。


「それじゃあ、今日はアイの大変身作戦にしよ!メガネもさ〜思い切ってコンタクトにしちゃわない?それから、洋服もたくさん買うでしょ?お揃いも買おうね!それで、美容室も行こう!イメチェンしちゃおうよ!楽しみだな〜」


メルは1人で別世界に入り込んでしまっているみたいだ。
話にあまりついていけないけど、メルが幸せそうだから何よりである。


「俺はパス」


メルの後ろに隠れて顔は見えないが、げんなりした声で津神くんが一言言った。
しかし、「ダメ」とメルが光の速度で否定した。


「どれだけ荷物が多くなると思ってるのよ。あんたは荷物持ちに決まってるじゃない」


「何で俺がわざわざ荷物持ちなんか、」


「どうせ暇でしょ?」


「まーまーソウジ今日は折れとこうぜ?アイにとって記念すべき日なんだから」


結局メルとレオから押し切れられる形で、津神くんは渋々頷いたのだった。


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