キミと歌う恋の歌
メルのいうショッピングモールというのは、バスを一度乗り換えて40分ほどのところにあった。


基本的に近所でしか生きてこなかった私にとって、それほどの長時間のおでかけも、どこまで続いているのか見当のつかない大きな建物も初めてだった。


休みの日ということもあり、中は人で溢れかえっていたが、夕方だったので家族連れは家路につき始める頃で、帰って行く人も多かった。


メルの先導に従って動く私たちはまず、コンタクトショップに入った。

そこで、メルが店員さんに話してくれて、私はあれやこれやと言う間に視力検査を受け、コンタクトを目の前に置かれて説明を受けていた。


「初めは怖いと思う人が多いですからね。無理しなくて大丈夫ですよ」


店員さんはそう言いながら、優しく装着の方法を教えてくれたが、私は案外あっさりとコンタクトをつけることが出来た。


店員さんはここまで早い人は初めてですと褒めてくれた。


もうずっとすりガラス越しに見ていたような景色がやっとクリアに移り変わり、メガネをかけていた時よりもより鮮明に見えることになって気持ちが良かった。


そのまま予備の分と洗浄液を購入し、店を出ると、次はショッピングモール内に併設されている美容室に連れて行かれた。


レオは予約なしじゃ無理じゃないかと言っていたが、メルがモノは試しだと意気込んで店に入り、直談判すると、たまたま予約が一件キャンセルになったということで急遽カットだけお願いすることができた。


30分ほどかかると言われて、他のみんなは店を見てくると言って出て行き、私は1人ポツンと取り残されてしまった。


もちろん全てメルに任せようと思っていたわけではないが、突然こんなオシャレな場所に1人取り残されると言いようのない不安感を覚える。


私はここにいていいのだろうか、そう思いながら挙動不審に周りを見回していると、女性の美容師さんがにこやかな笑顔で席に案内してくれた。


鏡の前で座り、体に布を巻きつけられてから、美容師さんは鏡越しに尋ねてきた。


「どんな感じにします?」


頭の中が忙しなくグルグルと回る。


どんな感じとは、
どう答えればいいんだろう。
どのくらい切るかということだろうか。


ど、どうしよう。


「あんまり決めてなかった感じですか?髪結構長いですね。毛先結構不揃いだけど、もしかして自分で切ってました?」


ばっちり言い当てられてしまい、顔から火が出るくらい恥ずかしかったが、正直に頷いた。


「お〜、勇気ありますね。例えば、髪の長さはあまり変えたくないとか、結構バッサリ行きたいとか希望はありますか?」


「えっと、と、特にないです」


「あんまりこだわりない感じかな?」


「は、はい。あの、こ、こういうところで切ってもらうの初めてで、よくわかんなくて」


もう恥も外聞も捨て去り、正直に説明すると、美容師さんは納得するように大きく頷いた。


「そっか〜じゃあお姉さんに任せてもらってもいい?」


「あ、全然お願いします」


「結構バッサリいっちゃうけど、絶対貴方に似合うようにするから。可愛くなってみんなに見せようね」


鏡の中で目を合わせてにっこりと笑ってくれた美容師さんで一気に心が解けて、口角が上がる。

緊張はしているけど、ここに座った時から胸はずっと高鳴っていた。


「お願いします…!」


思いっきり頭を下げると、布が顔にばさっとかかり、美容師さんが吹き出すように笑った。






腰のあたりまであった長い髪を一気にばっさりと切り落とした時はなんだか感慨深かった。


それ以上伸びるとさすがに不便なので、自分で何とか切っていたけど、長い髪はこれまで生きてきてずっと持ってきたものだった。


別にこだわりがあるわけじゃない。
短くすると、自分で切っているのがバレてしまうかもと思い、この長さで誤魔化していただけだ。


否応なく付き合ってきた、傷み切ったこの髪もそれでも運命共同体だったのだと思うと、しんみりする。


それから、美容師さんはハサミを小刻みに動かして毛先を微調整していった。
魔法のようだった。


なんだか完成形を最後まで楽しみにしておきたくて、途中から目を瞑っておいた。


そして、「よーしできたよ!」と声をかけられて、次に目を開くと鏡に映る私は見慣れたはずの私ではなかった。


肩より少し上くらいの位置で切り揃えられた髪の毛は、ライトに照らされてツヤツヤと天使の輪を作っていた。


嘘みたいだ。

本当に私じゃないみたい。


だけど、驚いている私は確かに私だ。


「超可愛いよ〜。貴方こんなに可愛いんだからもっと自信持たなきゃ。俯いてばっかりいたらダメよ」


声も出せずに放心していると、美容師さんが私の両肩に手をポンと置いて、ニコッと笑ってくれた。


「あの、す、すごい、私じゃないみたい」


小学生でももっと上手いこと言えるだろうみたいな感想しか言えない私に美容師さんは吹き出して笑ってくれた。


その後も美容師さんは何度も何度も可愛いと褒めてくれて、ボトルに入ったオイルのような液体を髪につけてくれて仕上げてくれた。

他人から可愛いと言われるなんて本当に初めての経験で、どう返事を返せばいいかわからなくてなんだか胸がむず痒かった。


お支払いをしてから、店の前で待っていると、しばらくして向こうのほうから4人揃って歩いてきた。


手を大きく振りながら近づいていくと、メルがダッシュで駆け寄ってきて、「かわいいーーー!!!」と大きな声を上げた。


「ボブにしたのー?!可愛すぎるよ!超似合ってる!ねえ見てよみんな!」


メルは聞き取れないくらいの早口で捲し立てると、私の背中を押して、みんなの前に押し出した。


自分が注目の的になることはあまりないので、恥ずかしくてつい目線を逸らしていたが、チラッと3人の表情を見るとみんな揃って目を大きく見開いていた。


「あ、あの、」


しばらく経っても誰も何も言ってくれないので、実はそうでもないのだろうかと不安になって問いかけると、突然スイッチの入ったように「超可愛いじゃん!」とタカさんがずいっと前に出てきた。

急すぎて驚いていると、タカさんは目をキラキラさせて、他の2人にも振り向いて同意を求めた。


「お、おう。一瞬アイかわかんなかったぜ」


レオは呆然としながらそう言いつつも、「めちゃくちゃいいよ」と褒めてくれた。


「ほら、アンタもなんか言いなさいよ!」


静観していた津神くんの背中をメルが勢いつけて叩いてそう言った。


また喧嘩になるんじゃないか、私に火の粉が飛んでくるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、津神くんは叩かれた勢いで少しよろけても何も言わなかった。

叩いたメルが今度はおろおろして、「え、だ、大丈夫?」と横から覗き込んだが、やっぱり津神くんは何も言わない。


でも津神くんはそうなのだ。

1ヶ月以上一緒にいてわかった。

口下手で口は悪いけど、助けを求めるとサラッと助けてくれる。
その優しさは表面にわかりやすく見えるものではないのだ。

本当に似合っていなくて変なのであれば、きっと津神くんは正直にそう言う。
何も言わないことがきっと津神くんの最大限の褒め言葉なんだと思う。



「みんな褒めてくれてありがとう。一気に頭が軽くなったや」


少しおどけて頭を軽く振って見せると、みんなつられるように笑ってくれた。


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