キミと歌う恋の歌
それから私たちはショッピングモール内をくまなく練り歩いた。


主に目的は私の買い物だ。


下着や靴下に靴、新品のノートやシャープペンシルなどの文房具、これまで節約に節約を重ねていた分余すことなく買い込んだ。


そして、メルが待ち遠しにしていたレディース服の専門店を駆け巡った。


メルの洋服への熱量というものはレオや津神くんでいう音楽への熱意に近いレベルで、目を輝かせながらそれを眺めて、時折私にあてて即座にカゴに入れたり、首を捻って戻したりを繰り返していた。


そうやってマネキンに徹した結果、私はトップスを3着、ボトムスを3着、アウターを一着見繕ってもらって購入することに成功した。


メルのなされるがままだったけど、店員さんもレオやタカさんも褒めてくれたからきっと間違ってはないのだと思う。


買い物袋の量は大変なことになったが、男子メンバーは何も言わずにそれを持ってくれ、私は爆買いというやつを心から楽しむことができた。


「ああ!大変!あっちの店が今日までセールやってるんだって!行こう!」


もう何軒目かわからない店舗から出た途端、スマホで何やら調べていたメルが勢いよく向こうのほうを指差して走り出した。

ヒールにも関わらず軽快に走るメルは疲れなど知らないようだ。


さすがにレオとタカさんはげんなりとした顔を見合わせた。


「あいつ、いつも以上に気合い入ってんな。1人でもうあんなとこまで走ってるぞ」


「女の子と買い物できて楽しいんだろ。アイ、大丈夫か?顔青いぞ」


タカさんに指摘されてドキッとする。

確かに私は慣れない人混みの中で長時間歩き回ってだいぶ疲労感を感じていた。


「い、いや、まだ全然」


「いいよ無理しないで。俺がとりあえず着いていく。お前らはゆっくりこいよ」


否定したつもりだったが、見抜かれてしまったみたいでタカさんはそう言い残すと、メルの後を小走りで追って行ってしまった。


申し訳ないけど、有難い。


買い物はすごく楽しいけど、体力がいるものなんだと今日は新たな気づきを得ることができた。


そんなことを思いながら深い息を落としていると、レオが「俺トイレ行ってくるな」と言い残して行ってしまった。


レオの姿を途中まで追っていたが、ハッと隣の気配を感じて現実に引き戻される。


津神くんと2人だ。


やっぱりまだ津神くんと2人きりになるのは緊張してしまうな。


ドキドキしながら、紙袋を別の手で握り直した。



「え、えっと、あの、メルたち追いますか?津神くんもどこか見たい店とか」


「ちょっと行くぞ」


勇気を出した問いかけを津神くんは遮り、私の手首を握って、歩いてきた道を戻り始めた。


そっちの店舗はもうメルと一緒に全部見て回った。


どうしたんだろうと不思議に思いながら、駆け足で津神くんの背中を追っていると、ある店舗で津神くんは足を止めた。


ショーウィンドウを見てどきりと胸が音を立てる。


津神くんは腕を離してポケットに手を入れ、私と相対した。


「お前自分が欲しい服は買ったのか?今のとこ全部メルが決めたもんばっかじゃねーの?」


「え、」


津神くんの突然の言葉に驚いて、何も答えられない。


すると、津神くんは親指でショーウィンドウの中を指して言った。


「これが欲しいんじゃねえの?ずっと見てただろ」


いつから気づいていたんだろう。


何度かこの店を通りかかったけど、メルのお眼鏡に敵わなかったみたいで毎回スルーされていた。

だけど私は毎回こっそりこのショーウィンドウの中のマネキンが着ているワンピースを見ていた。

白基調で黒いリボンが胸元についたレトロな雰囲気のワンピース。
昔母と姉がお揃いにしてよく着ていたワンピースにそっくりだった。
もちろん私は買ってもらえるはずもなく、2人を見るたびに羨ましくて仕方なくて、妄想の中で私にもそれを着せて楽しんでいた。
2人のように似合うことはなかったけど。

それにしても、私がこのワンピースを気にしていたこと、誰にも気づかれていないと思っていたのに、どうして津神くんはわかったのだろう。


「あの、確かに可愛いと思って見てたんですけど、たぶん私には似合わないし、別にいいかなって。

あの、気づいてくださってありがとうございます」


津神くんの気に触らないように言葉を選んだつもりだったが、彼は何も言わないで仏頂面でワンピースを見つめていた。

そして、突然また私の腕を引っ張り、店内に入って、作業をしていた店員さんに「あの服、試着してもいいですか?」と聞いた。


店員さんは愛想良く「もちろんです!」と言って、マネキンの元に行ってしまった。


「え?あの、いいです。そんな、試さなくても」


そんなつもりは全くなかったのにと、1人で焦っていたが、津神くんは素知らぬ顔だ。


あっという間にマネキンから剥がしたワンピースを持った店員さんがやってきて、試着室へと案内された。


「ごゆっくり〜」とカーテンを閉められて、呆然とワンピースを片手に立ち尽くす。


鏡越しの私は何とも間抜けヅラだ。


一体津神くんはどうしたのだろう。
わけがわからない。


とにかくここまでしてもらったからには試してみないとダメだよなと思い直し、意を決してワンピースに袖を通す。


ちょうど後ろのファスナーを上げ終えたところで、店員さんから声がかかり、あわててカーテンを開いた。


「わ〜お似合いです!!」


店員さんの弾むような声はあまり信用ならないことはそろそろ気づいている。
彼女たちも仕事だから、誰がどんな服を着ようが、こうやってお決まりのセリフを明るくかけてくれるみたいだ。


だけど、鏡に映った、憧れのワンピースを着る私は今日試した服のどれよりも輝いている気がした。


釘付けになって、ついワンピースの裾の部分を揺らしてしまう。
お姫様みたいだ、そんな思い上がりのひどい感想を抱いてしまった。

つい頬が緩ませて、自分の姿をじっと見つめていると、後ろからにゅっと津神くんが現れて慌てて表情を作り直した。


が、店員さんが衝撃の一言を放ち、私の表情はまたも崩れてしまった。


「彼氏さんもお似合いだと思われますよね?」


殺されるかもしれない。
死をも覚悟したが、津神くんは何も否定することなく、しばらくして「いいんじゃねーの」とぼそっと一言言った。


「え、」


思わず声を漏らしていると、津神くんは即座に店員さんに「これ購入で」と言った。


私が口を挟む隙間もなく、「ありがとうございます!」と店員さんがにこやかに返事をし、あっという間にカーテンは閉められてしまった。


転びそうになりながら、何とか着替えを終え、外に出ると、2人はすでにレジカウンターにいる。


ワンピースを抱えて走ったが、店員さんは新品の在庫をすでに用意してくれていたようで、レジ打ちを終え、津神くんが財布からお金を出している。


「え、ちょ、なんで、あの津神くん」


動揺が自分のキャパシティーを超えていて、言葉にならない声で津神くんの隣で騒いでいたが、2人ともなぜか私が見えていないみたいに振る舞う。


会計を終えると、店員さんは店先まで紙袋を持って見送ってくれた。
最後まで笑顔を崩さず、「またおいでくださいませ〜」と頭を下げてくれていたが、私はそれどころではなかった。


店を出てしばらく歩いたところで、「津神くん!」とスタスタと歩いて行く彼を呼び止めた。


振り向いて、対峙する。


「な、なんで津神くんがこんな、あの、も、もう私はお金を持ってるし、」


自分でも何が言いたいのかわからない。
しどろもどろになって話す私は側から見たら奇妙だろう。


しかし、津神くんは何も言わずじっと私を見つめている。


彼が何を考えているかわからない。
それは出会ってから今までずっと思っていることだけど、今この瞬間過去最高にそれを思う。


これじゃ津神くんが私にワンピースを買ってくれたことになってしまう。
意味がわからないじゃないか。


パニックでどうにかなりそうだったが、ようやく津神くんが口を開いた。

聞こえるか聞こえないかギリギリの音量でぶっきらぼうに彼は言った。


「…悪かったよ」


「え?」


何が悪かったと言うのだろう。
彼が私に悪いと思うようなこと今までに何かあっただろうか。
むしろ私がそれを思うべきだろう。


しかし、津神くんは続ける。


「…お前の事情とか何も知らないで、ずっと酷いこと何度も言った。知らなかったじゃ済まされねえ。
服はそんなんじゃ足りねえと思うけど、詫びのつもりだから、俺からのじゃ嫌だったら別に着なくていいし、

いや、とにかく本当に…ごめん。」


そう言って、津神くんは深々と頭を下げた。


周りの人たちが面白そうにそれを見ている。


私はやっぱり訳がわからなかった。


「な、なんで!何のことを言ってるんですか?傷つけたっていつの話ですか?」


津神くんに駆け寄り、そう問いかけると、津神くんは顔を上げて呆れたような驚いたような顔をした。


「いつのって、ファ、ファミレスとかそのほかも色々」


津神くんがそう答えて、ファミレスの記憶はすぐに蘇るけどやっぱりわからない。


「えっとお金の話ですか…?でも、あれは津神くんの言ってくれたこと全て正しかったし、、他に何かありましたっけ?」


「え、いや、そのお金の話とか」


「え、あれが私を傷つけたってことですか?そんなわけないです。むしろ私は津神くんがああ言ってくれたおかげで父親に直談判してみようって勇気が持てたんです。
まあ、要望は通らなかったけど…」


「役に立たないとか、そういうことも何度か言ったし」


「それは本当のことだったので、仕方ないです」


「…お前強いな」


「いやそんなことないです。
あの、津神くんは確かに口調がきついなとかその、怖いって思ったこともありますけど、
でも傷つけられたなんて思ったこと一回もないです。

厳しいことを言ってもらえるたびに津神くんがどれだけこのバンドを大切に思っているのかわかって自分も頑張ろうって思えたんです。
だから、謝ったりしないでください。

津神くんは何も謝るようなことしてないです。

むしろ感謝でいっぱいです。
だからお詫びなんか受け取れません」


こんなタイミングになるとは予想もしていなかったが、ようやく津神くんにしっかり言いたかったことを伝えられた。

レオやメル、タカさんのどこまでも優しい態度が私の張り詰めていた心を溶かしてくれたと同時に、津神くんの態度が私の諦めの心に鞭を打ってくれた。

理不尽にはちゃんと対抗しなければと思わせてくれた。


優しさだけじゃ私は今この現状を手にすることはできなかった。


津神くんは私の様子に呆れた顔をしていたが、突然糸が切れたようにフッと吹き出すように笑った。


津神くんの笑顔を見るのはそれが初めてだった。


「お前、本当に変だな」


笑いながらそう言われたが、津神くんが笑ったと言うことが衝撃すぎて返事もできなかった。


「まあ、そんなの突き返されても迷惑だから大人しく受け取れよ。それ、気に入ったんだろ」


紙袋を指さして津神くんはそう言った。

思わず力強く頷くと、また笑われた。


しばらくして、津神くんがどこかそっぽを向いた状態で尋ねてきた。


「じゃあ、お前は俺に対して怒ってねえの?」


「なんで、私が津神くんに怒るんですか?」


「じゃあその敬語と苗字呼びやめろよ。俺だけ気まずいんだよ」


「へ?」


素っ頓狂な返事をすると、津神くんは耳まで顔を赤くしていた。


こんな津神くん初めてだ。
見たことのない一面を見てしまってなんだか、ふわふわする不思議な気持ちだ。


「え、えーっと、あ、あの、しょ、精進します。いや、す、するね?そ、ソウジくん?」


「呼び捨てでいい」


挙動不審な自分の話ぶりに、レオとタメ口で話すのに苦労した一週間を思い出した。


だが、津神くんは少し満足げに鼻を鳴らし、急に気づいたようにお尻のポケットからスマホを出して見るなりげっそりとした顔をした。


「メルが早く来いだとよ。そろそろ行くか。それ貸せよ」


そう言って、津神くん、いや、ソウジは私の持っていた紙袋を取って歩き始めた。


実際にやったことはないけど、パズルの最後のピースをはめたときはこんな気持ちなのだろうか。


私は彼の背中を追いながら、口角を上げずにはいられなかった。


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