キミと歌う恋の歌
Ⅱ Linda
アイ side
目覚めの朝は、おばあさんと私は温かい日本茶、レオはホットコーヒーだ。
水を汲んでからポットのスイッチを入れて、お湯が湧き上がるのをしばらく待つ。
「昨日も遅くまで勉強していたんでしょう?こんなに早く起きなくてよかったのに」
「いや、もう癖づいちゃってて基本同じ時間に起きちゃうんです」
台所に立ってフライパンに卵を落としているおばあさんに、そう返事をしたところで、お湯が沸き上がり、レオのマグカップと急須に注いでゆく。
急須を軽く揺らしているところで、「おはよー」とレオが大きなあくびをしながら居間へ入ってきた。
よかった、今日は無事レオも予定の時間には起きることができたみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろして、急須のお茶を2つのコップに注いでいく。
3人分のコップが出来上がると、ダイニングテーブルの定位置に置いて周り、おばあさんが作ってくれた朝ごはんを受け取ってまたテーブルの上に置いていく。
椅子に腰掛けたレオは今にも寝てしまいそうなほど、うつらうつらと体を揺らしている。
「レオ!起きなさい!本当にだらしないわね。アイちゃんを少しは見習ったらどうなの」
「…わかってるよ…。朝は、どうしてもダメなんだ…って」
途切れ途切れに応えながらまたレオの頭が下に沈んでいく。
「れ、レオ!コーヒー注いだよ!飲んで!」
慌てて声のボリュームを大きくして訴える。
すると、レオはゆっくりとマグカップを手に取り、ゆっくりとそれを飲んだ。
なんだか人間とは別の動物みたいだ。
なんとか二度寝せずに済むといいんだけど。
おばあさんが食卓へついて、みんなで「いただきます」と唱えて、それぞれ朝ごはんに手を伸ばしていく。
レオとおばあさんと暮らし初めて約一週間すぎた。
これまでの生活と180度違うので、この一週間は戸惑うことも多かった。
だけど、2人が優しく受け入れてくれるおかげでなんとかここまで追い出されることなく過ごさせてもらえてる。
毎日が楽しくて仕方なくて、寝るのがもったいないと感じてしまうほどだ。
毎朝用意されている出来立ての朝ごはんも、お昼用のお弁当も幸せの宝箱みたいだ。
「テスト勉強は順調なの?」
「俺はまあいつも通り」
「私は…あの、まだまだです」
「あら、そんなに気にしなくていいわよ。赤点さえ取らなきゃいいんだから」
おばあさんは明るく励ましてくれるが、私は一学期の定期末試験の数学は赤点の一歩手前だったので、まさに崖っぷちなのだ。
最近の放課後は2日に一回2時間程度スタジオを借りて練習はしているが、あとの時間は全てみんなで勉強をしている。
ソウジは教えるのが本当に上手で、聞けば魔法のように理解できるのだが、それを1人でやろうとすると面白いくらいできない。
いや、全然笑えないけど。
だからみんなで勉強した後も、私は帰宅してから自室でこもって勉強三昧だ。
赤点なんて取って万が一両親に連絡が入ったりしたら面倒だし、今後の音楽活動のためにも絶対に回避しておきたい。
残り一週間、眠れない日々が続きそうだ。
朝ごはんを食べ終えて、支度を済ませてから家を出る。
私が同居するまでは、タカさんがたまにレオを起こしにきていたらしいけど、完全にその役目は私のものとなってしまった。
今日のレオはなんだかすっきり目覚めたみたいだが、本当に酷い時は、置いていくわけにもいかないから、言葉の通り駅まで引きずって歩いている。
「ふわあ〜、アイまた遅くまで勉強してたのか?」
「う、うん。昨日は2時くらいまで」
「うへえ、それでよく朝起きられるな。俺だったら絶対無理」
「確かにそうかも、あ、タカさんだ!」
前方にタカさんの後ろ姿を見つけて、名前を呼ぶ。
タカさんが振り向いて、私たちが追いつくのを待っていてくれる。
「おはようございます!」
「おはよう、アイ、レオ。今日は珍しくレオもちゃんと1人で立ってるじゃん」
「昨日は帰ってすぐ寝たんだよ」
「それでやっとその状態かよ。ホント呆れるな」
気にする様子の全くないレオがへらっと笑うのを見て、タカさんが大きなため息をついた。
3人で駅まで行って、電車を待っているところへメルとソウジが合流する。
「おはよーって、メル、なんだそのクマ」
メルの透き通った陶器肌にはそぐわない真っ黒なクマが目元にできていた。
「おはよう…ちょっと寝不足で」
メルは不機嫌そうに低い声で答える。
本当に寝不足みたいだ。
「まさか勉強か?」
「それしかないでしょ」
「どうしたんだよ。メルが勉強なんて」
「だって…このままじゃ進級できないかもって昨日先生が…」
「ま、まじか。それは深刻だな」
今にも泣き出しそうなメルの表情にタカさんは声を上ずらせた。
メルは何でも器用にこなすタイプかと思っていたのだが、勉強だけは本当にからきしみたいだ。
私が言うのもなんだけど、私以上に苦手みたいで、勉強会ではソウジにびしばしとしごかれている。
そんなソウジは私たちとの勉強以外ではほとんど勉強はしていないらしく、今日も涼しい顔で未だヘッドフォンを取らずに立っている。
ソウジには本当にできないことなど一つもないみたい。
半泣きのメルを必死に励ます私とタカさん、立ったまま寝てしまいそうな状態のレオ、1人だけ素知らぬ顔のソウジ。
社会人や学生で溢れかえっているホームの中、いつも通りとなりつつある5人の風景だ。