キミと歌う恋の歌
教室に戻ってからは、教科書を眺めながらお弁当を食べ、その後も隙間時間にはとにかく勉強するようにした。

放課後は、いつものように私とソウジの教室に集まり、ソウジの指導のもと、勉強に励んだ。

メルの様子が気になったが、鬼気迫る様子で勉強していたので余計なことを言ってまた気分を悪くしてはいけないと思い、何も聞かなかった。

ソウジのバイトの時間ギリギリまで粘ってから学校を出て、家に帰ってからも夜ご飯を食べてお風呂を済ませてからは部屋に閉じこもって勉強机に向かった。


そういえば、私はこの家で自分の部屋を貰った。

それも勉強机やベッドなど、快適に過ごすために必要な設備の揃った部屋だ。


嬉しい気持ちとこんな部屋を譲り受けていいのだらうかという不安がせめぎ合っていたが、おばあさんが「使われない部屋の方が可哀想よ」と言ってくれて、気兼ねなく過ごすことができるようになった。

広い勉強机に、ふわふわのベッド、まだほとんど服のかかっていないクローゼットなど、胸が躍るもので溢れているこの私だけの部屋が大好きだ。

お風呂から上がって、自分のベッドに飛び込む瞬間が愛おしい。


だけど、一つだけどうしても気になることがある。


この部屋は誰が使っていたのか、ということだ。


家具の感じがどう見ても女の子向けで、それも最近まで使われていたのではないかという気配を感じる。


この家に同世代の女の子はいないから、誰の部屋だったのか見当もつけられない。


レオやおばあさんに聞けばいいだけなのだろうけど、聞いていいのかわからない。


誰かが使っていた部屋を借りているのだという一抹の不安感が拭えない。

誰かの残り香を私はどこか感じている。



それにしても、私はどうしてこうも勉強ができないのだろう。

放課後はみっちり英語を教えてもらったから、夜は数学をやろうと決めていた。

テスト範囲のワークの計算問題をひたすらに解いていっているのだが、昨日叩き込んでもらったはずの公式も思い出せないし、解法も思いつかない。

わからないとこだけ見てヒントにしようと隣に添えていた解答書を結局眺めて書き写すだけになってしまっている。

その上、解答書に書いてあることの意味もよくわからない。


どうしてここでその式になるんだろう。
そう考え始めたら堂々巡りだ。


たまにレオに勉強を教えてもらうこともあるけど、基本レオは放課後の勉強会に参加するくらいで限界らしく、夜はすぐに飽きて防音室に閉じこもってしまう。

わざわざソウジにメールで聞くのも憚られるし、そもそも彼は今バイト中だ。



意味のないことに時間をかけてしまっている、
その自覚が私を焦らせる。


父と兄は言うまでもなく秀才だった。
母もそんな父と同じ大学に通うくらいに勉強はできた。

姉は勉強が得意というわけではなかったけど、忙しいスケジュールをこなしながら勉強もおろそかにせず、維持していた。

とうの昔に自尊心など地の底まで落とされているし、今更何で私だけなんて思うことはない。

だけどやっぱり情けない。

幼い頃から人より勉強には時間をかけてきたつもりだった。

頑張りの指標にちょうどいいのはやっぱり勉強以外他になくて、認められるために必死になってた。


だけどどれだけやっても私は人並みにもなれない。


こんなこと考えたってそれこそ無駄な時間だ。


だけど、一度考え込むとそこから動けなくなる。


シャーペンを握る手が動きを止めてしまい、じわりと目頭が熱くなる。


堪えろ、そんな思いは意味もなく、涙がぽたりと落ちて、ノートに大きなシミを作った。

叫び出したくなる衝動を感じた時、部屋のドアが叩かれて、返事をするより前にドアが開いた。


レオがひょっこりと顔を出して、「やってるかー」と声をかけてきた。


目が合い、レオがみるみるうちにその大きな目をさらに見開く。
誤魔化そうにももう無理だ。


言い訳を考えているうちに、レオがずんずんと部屋の中に入ってきて、椅子に座っている私と視線を合わせた。


「どうしたんだよ〜」


笑顔を含みつつ、そう尋ねるレオの声色はすごく優しくて、一気に心が解けてしまう。


「〜…、なんかどれだけやってもダメだなと思って、情けなくなって」


「情けなくなんかないよ。本気でやってるからそうなるんだろ」


レオの笑顔はいつだって心強い。


「だーいじょうぶだって。これだけやってるんだから」


「な?」と言ってレオは私の頭をくしゃっと撫でる。
すごく暖かい。


「うん」


返事はするけど、やっぱりまだ自信は持てない。
それを見抜いたのか、レオは突然立ち上がってこう言った。

「まあ、あれだな。やり過ぎだよ。オーバーワーク。ちょっと息抜きするぞ」


そして私の手首を引っ張った。

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