キミと歌う恋の歌
レオは私を防音室に連れて行った。

そして、「ストレス発散だ」
そう言って、レオはそばにあったアコースティックギターを手に取って弦を弾いた。


TREASOMの前奏だ。


レオの作った難しいメロディーラインを巧みにギター一本で弾いていく。


一瞬で私の気持ちも舞い上がり、心が躍る。


レオに目配せをされて、そのまま立った状態で歌い始めた。


発声練習がだいぶ身になってきて、マイクを使わずともこれくらいの部屋になら響く声が出るようになった。
やっぱり歌うことは気持ちがいい。
上腹部に抱えていたキリキリという痛みが消えていく。
自然と口角も上がっていく。




「やっぱり俺アイの歌声が一番好きだ」


歌い終わった途端、レオは声を弾ませて言った。


こんな褒め言葉をもらってもいいのだろうかというレオの言葉に私は驚いてしまって声も出なかった。


私がパクパクと口を開け閉めしているのを愉快そうに見ていたレオだったが、しばらくして落ち着いた声で私に対して問いかけた。


「アイはさ、今何のために勉強してる?」


「な、何のためって、テストの」


「テストで赤点さえ回避できればいいと思ってる?」


「え、あ、」


レオに突然正解を言い当てられて言葉に困る。


でもそれ以外に一体何があると言うんだろう。


「あ、別に責めてるわけじゃないよ。
俺だって勉強なんて嫌いだし。
でも今のアイみたいにさ、とにかく赤点を取らないようにって必死に勉強したってしんどくなるだけなんじゃないかって思って」


レオの言っていることはわかるのだが、言いたいことが分からずに押し黙ってしまう。


すると、レオが私ではなくどこか遠くを見るような目で語り出した。


「俺の知り合いがさ、言ってたんだ。
嫌なものを無理やりやるのは嫌いだから、無理やりそれを楽しみに変えるんだって」


「…?」


「国語を学べば、伝え方のわからなかった思いを言葉にできて作詞の幅が広がる。
数学の問題を解く時は、歌を一曲歌い終わるまでに問題を解き終わるってな風に目標立てる。
英語を頑張って洋楽も綺麗な発音で歌えるようにする。
全く関係のないように見える勉強と歌だってどこかで繋がってるから、そうやって楽しめば嫌なことだって頑張れるって」


レオに代弁された私の知らない誰かの言葉はすごく胸にストンと落ちた。


「別に強要するつもりはないけど、アイもそんな風に考え方を色々変えてみたら少しはやりやすくなるんじゃないか?
俺たちは別にいい大学に行きたいとか、そういう目標があるわけじゃないし、押し付けられて苦しみながらやるもんじゃないよ、きっと。
アイにとって歌うことが楽しみなように、俺にとって作曲や演奏が楽しみなように、勉強だって楽しんでいいはずなんだ」




コペルニクス的転回とはこういう時に使うのだろうか。


私はレオの言葉に心から驚愕し、感動していた。


勉強とは有無を言わさずやらなくてはいけないものだと思っていた。
楽しむ、だなんて考えたこともなかった。

レオの言うことをもし父や兄に聞かせたら鼻で笑うのかもしれない。


勉強に楽しさなど必要ないと、そんなのできない奴が言い訳に使う言葉だと。


だけど、私はレオの言葉が正解だと思う。
私が正解だと思うのだから、私の中ではそれでいいのだ。


「…すごいね、その、レオの知り合いの人。感動しちゃった」


そう言うと、レオは微笑んで「そうだろ。いつかアイにも会わせるよ」と言った。


私も会いたい。

私の当たり前を一瞬で180度変えてくれたその人に。


一体どんな人なのだろうか。



「ってことで今日はもう勉強無しな。
曲作り手伝ってくれ!」


レオはそれ以上その人については触れず、ニコニコとしてやったりとでもいうような顔でそう言った。


「は、初めからそれが目的だったんじゃ」


「そんな細かいことは置いといてさ〜。
サビのメロディーに迷ってるんだよ。ちょっとこれ聞いてみて」


レオは指軽やかに弾き始めた。


レオの手の上でコロコロ転がされているようで思わずため息をついたが、もういいやとその場にどっかりと座り込んだ。


レオの奏でるメロディーが心地いい。


ああそうだ、後で私もギターの弾き方教えてもらおうかな。


ずっと憧れてたんだ。
うまく弾ける気はしないけど、弾き語りというやつをしてみたい。



今日勉強をサボって、レオと音楽に浸ったこともきっといつか私の力になるはずだ。


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