キミと歌う恋の歌
結局、放課後に意を決して、1人でいた結城さんに話しかけてみた。


「あ、あの、結城さん」


「え、アイちゃんから話しかけてくれるなんて珍しいね!どうしたの?」


結城さんはパアッと顔を輝かせ、動きを止めた。


「ゆ、結城さんってバイトとか、してる?」


シミュレーション通りに初手の質問うまく言えた。
心の中でガッツポーズをする。


「バイト?!してるけど突然どうしたの?」


「い、いや、私もバイト始めてみようかなって思ってて、みんなどんなバイトしてるのかなって気になって」


そう答えると、結城さんはふにゃっと笑った。


「なんだそういうことか〜!私はね〜学校の近くのケーキ屋さんでバイトしてるんだ。くるみはね、地元のスーパーでしてるよ」


くるみちゃんは結城さんといつも一緒にいる2人のうちの1人だ。


「へ、へえ〜。あの、そういうのってどうやって見つけるのかな」


「私は適当にフラフラ歩いてて雰囲気が可愛くて飛び込みでバイトしたいですって言ったんだ」


私には絶対無理だなと思いながら、興味ありげに頷く。


「確かに初めてのアルバイトは緊張するよね〜」


結城さんは私に対しても愛想良くにこにこと笑いながら寄り添ってくれる。
なんだか会話のキャッチボールが上手くできて、いい雰囲気な気がする。


「う、うん。どんなバイトがいいのかわからなくて」


「あまり希望はないの?」


「うん。バンドもあるからたくさんは入れないし、週2とか3でやれたらとは思ってるんだけど」


「ふーん。それならさ、もしよかったら私のバイト先とかどう?」


「え」と低い声が漏れる。


冗談だろうかと一瞬疑ったが、結城さんの表情は至って真剣だ。


「ちょうどね、来月先輩が辞めちゃうんだ〜。だから、新しい人いないかなって店長が探しててさ」


知り合いが、それも優しい結城さんと同じバイト先だなんて願ってもないことだ。
だけど、それと同時に私が使えなかったら、紹介した形になってしまう結城さんにも迷惑をかけてしまうのではないだろうか。


「あ、全然、嫌だったら断ってくれていいからね?」


何も答えずに渋い顔をしていた私が、乗り気ではないと勘違いしたのか結城さんがそう言った。


「いや、すごく嬉しいんだけど、私なんかじゃ力不足で迷惑をかけちゃうんじゃないかと思って」


焦ってすぐにそう言うと、結城さんは口を大きく明けて笑った。


「何言ってるのー!そんなに難しい仕事じゃないし、誰だってできるよ!それに私も友達と一緒に働けたら嬉しいし、迷惑だなんて思うはずないよ」


どこまで優しいんだろうか。
その嘘偽りのない笑顔の眩しさに思わず目を瞑ってしまいそうだ。


「じゃ、じゃあ今度、見学に行ってみてもいいかな?」


「もちろん!なんなら今日来てみたら?私この後バイトなんだ!もしよかったらケーキ買って行ってよ!すっごく美味しいんだよ!」


そう言った後で「えへ、宣伝しちゃった」と結城さんは恥ずかしそうに額をかいた。


「え、ほ、本当?じゃあ行こうかな…」


レオとおばあさんにケーキを買って帰ろうか。
そうだ、施してもらってばかりでまだ何一つ返せたことがない。

そんな計画を心の中で建てた途端、気持ちが上昇していく。


「やった!じゃあ一緒に行こうよー!」


その誘いに大きく頷いた時だった。
ドアの方から鋭い声で「アイ!」と名前が呼ばれた。


そちらに目を向けると、メルの姿があった。


今から、今日は勉強会に不参加でと連絡するつもりだったけど、手間が省けた。
せっかく来てもらったが、ちゃんと事情を説明して謝ろう。


そう思って、結城さんに断りを入れ、クラスメイトたちの間をすり抜けてドアの方へ行った。


メルの顔はなんだか表情が読めなくて、口は真一文字に閉じられていた。
思わず私何かしてしまったのだろうかと悪いように考えてしまう。
突然焦燥感に襲われて、近づきながら自らの記憶をコマ送りで辿っていくが、特に何か不快を与えるようなことをしてしまった記憶は見当たらないまま、メルの正面に着いてしまった。


「あ、あの、メル」


「今日は私の教室で勉強しよ!」


名前を呼んだところで、メルが急かすように早口で声を張り上げた。
何か急いでるのだろうか。


「ご、ごめん、今からメールしようと思ってたんだけど。私ちょっと用事ができたから今日は勉強会不参加にするね」


しっかり頭を下げて、遠慮がちにそう告げると、メルはしばらく黙りこくった。


やっぱり何を考えてるのか全くわからない。


メルはいつも感情が表情に出やすいのに、さっきからずっと無表情だ。


「…なんで?用事って何?」


「え、えっと、あの、バイトを、やりたくて、結城さんのバイト先を見学しに行こうと思って、あ、結城さんっていうのはあの、友達なんだけど」


「バイト?」


「う、うん。あの、ライブが終わってから、バンドに支障がない程度で私もやりたくて」


「そんなのやらなくていいじゃん!お金十分にもらってるでしょ!」


まるで言い訳でもするようにしどろもどろになって答える私と、だんだん声のボリュームが上がっていくメル。

側から見たらトラブルにしか見えないだろうし、1人はなんて言ったって学年1の美少女だ。

近くを通っていく生徒たちがじっと無遠慮に見つめてくる。


「いや、でも自分でお金稼いでみたくて」


「なんで?足りないなら請求すればいいじゃん!」


「そ、そういうことじゃなくて」


「それに、友達って何?そんなの私聞いてない!」


メルが私の言動に不満を持って怒っているのは何となくわかるのだが、その怒りの元凶がどうしてもわからない。

もしかして友達ができたら、必ず報告するのが友人同士のルールなのだろうか。
私が世間知らずすぎるだけなのだろうか。


「ご、ごめん、あの、あそこにいる結城さんっていうんだけど、すごくいい人で。あ、メ、メルもすぐ仲良くなれる」


「そんなのいらない!」


私の言葉を遮って怒鳴り、私を睨みつけるメルの目は赤く充血していた。
もう何も言えなくて、ただ上目遣いに見つめ返すと、メルは一気に捲し立てた。


「アイの友達は私とレオとタカちゃんとソウジでいいじゃん!他の友達なんていらないでしょ?それに、バイトなんてしなくていいよ!ずっと私と一緒にいようよ」

メルは肩で息をする。

たとえそんな理不尽な言われ方をしても、もっと私はその言葉の意図を考察して、次に出す言葉をもっとじっくり考えるべきだった。

私はまだまだ人と関わると言うことに不慣れで、人の気持ちを慮るということが得意ではない。

だからなのか、無意識のうちに、いつの間にか私の口からこんな言葉がこぼれていた。




「…そ、それじゃ、私はあの家に閉じ込められていた時から何も変われないよ」



言ってしまってから気づくのだ。


言うべきでなかったことに。


メルは大きな瞳を揺らして、眉毛を吊り上げ、右手を振り上げた。

そんなことにばかり慣れてしまっている私もどうかと思うが、メルの動きですぐにああ叩かれるなと悟った。


そして予想通り、その手を振り下ろされ、片頬に一瞬の痛みを感じ、その後ジワリと熱く熱を持った。


目の前のメルを見ると、瞳いっぱいに涙を浮かべている。


「メ、メル」


「何してんだよ」


私が名前を呼びかけたと同時に頭上から低い声が降ってきた。

振り返ると、そこにはメルを鋭い眼光で睨みつけるソウジがいた。


「今叩いたよな?こいつのこと」


「いや、あの、私が余計なことを言ったから」


「お前は黙ってろ。おい、メル答えろよ」


私の制止も無視して、ソウジはメルに詰め寄る。
その一方でメルは、涙を流しながらソウジを真っ正面から睨み返し、何も答えない。

その時


「おーお前らなんか注目浴びてんぞー。どうしたー?」


張り詰めた空気を緩める呑気な声が突然参入してきた。

声の主を見ると、レオで、その隣にキョトンとした顔のタカさんがいる。


メルもそちらを振り向いて確認して、2人の姿を捉えた瞬間、勢いよく2人が来た方へ走り出した。

一瞬でその背中は小さく消えてしまう。

追いかけようとしたが、横からソウジに腕を掴まれてしまった。


「は?」


「え、ちょ、メル?」


状況を全く知らないレオとタカさんは驚いて、メルの名前を大声で呼ぶ。


「ちょ、な、なんなんだよ。どうしたんだよ」


タカさんがわけがわからないという様子で私たちに向かって尋ねてきた。


私は何を言えばいいかわからなくて、というか私も全く状況が一から十まで理解できていなくて呆然としてしまう。


しかし、ソウジがはっきりと「メルがこいつを叩いたんだよ」と言ってのけた。


「いや、そんなんじゃ、こんなの全然痛くないし、」


フォローしたつもりだったが、失敗だったみたいだ。


一瞬でレオとタカさんは表情を固くし、口々に私に「大丈夫か?」と聞いた。


「だ、大丈夫です。それよりメルが。私追いかけてきます」


「いや、アイはしっかり頬っぺた冷やしとけ。俺が行ってくる」


タカさんが自分の頬を指しながらそう言った。


そして、眉毛を下げて、「メルがごめんな、アイ」と言ってメルの走っていた方へ駆け出して行った。


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