キミと歌う恋の歌
取り残されてしばらく呆然としていたが、頬に冷たい感触を感じてハッと意識を取り戻す。
見ると、レオが私の頬に手を伸ばしていて心配そうな表情を浮かべていた。
「赤くなってるな」
「あ、や、こんなの全然」
「いいから保健室行くぞ。冷やさないと」
「でも、メルが」
「メルのことより今は自分のことだろうが。お前はもっと自分を大事にしろ」
どうにかレオの横をすり抜けて私もメルを追いかけたかったのだが、手を掴まれてしまってそういう訳にはいかぬかった。
「あ、でも結城さんと約束が」
今にも引っ張られて連れていかれそうになりながら、そもそもどうしてこんなことになってしまったのかを思い出した。
「…俺が伝えとくから」
ソウジがぶっきらぼうにそう言ってくれたが、教室の中をチラリと見ると、結城さんは心配そうにこちらを見ていた。
目が合った。
「大丈夫?」と口をぱくぱくと動かしている。
何度も小刻みに頷いて見せたところで、他に教室に残っていたクラスメイトたちもこちらに注目していたことに気づく。
そして、周りを見ると多くの生徒たちの好奇の眼差しを向けられていて、ひそひそと話す声が聞こえる。
そんな視線が怖くて思わず俯くと、レオはそれに気付いたのか今度こそ腕を引っ張ってその場から連れ出してくれた。
「失礼しまーす…って誰もいないじゃん」
初めて足を踏み入れた保健室は消毒液の匂いがツンと鼻をついた。
先生がいないことを確認したレオは、ずかずかと遠慮なく中に入って丸い椅子に私を座らせた。
そして、勝手を知っているように戸棚から袋を取り出し、どこからか手に入れてきた氷を入れた後、蛇口から水を注ぎ、口を縛ると、それを私に手渡した。
寒さが本格的になりつつある今、それは思わず手をすくめてしまうほどキンキンに冷たかった。
ポケットから取り出したハンカチにくるんでから頬に当てると、だんだん頬の熱が冷めていくがわかった。
レオが前の椅子に座る。
「レオは保健室よく来るの?」
「ああ、眠い時によくベッド借りにくるんだよ」
「…ふふ、レオらしいね」
思わず笑ってしまったが、すぐに笑顔は引っ込んだ。
「あの、私メルをどうして怒らせてしまったのかわからなくて。謝りたいけど、なんて言えばいいのかな」
怒らせてしまった、その言葉を口にしてからどくどくと心臓が激しく波打ち出した。
あんなに優しくて明るいメルを私は怒らせてしまったのだ、その事実が重く肩にのしかかる。
許してもらえなかったらどうしよう。
嫌いになったと言われてしまったらどうしよう。
メルの私を睨む表情が脳裏に刻み込まれて離れない。
だけど、レオはそんな私を見て大きくため息をついた。
「怒るべきなのも謝ってもらわなきゃいけないのもアイの方だろ。事情はよくわからないけど、手を出した時点でメルが悪いよ」
「で、でも、きっと私の何かがメルを傷つけてしまったんじゃないかな、
私、人付き合い上手くないからきっと」
「そんなことない、絶対ないから」
いつの間にか小刻みに震えていた私の手の上にレオは自分の手をそっと重ねながら力強くそう言った。
「で、でも」
「大丈夫。メルがアイを嫌いになることなんて絶対ないよ」
言い切ったレオの眼差しは優しくてまっすぐだった。
信じろと、瞳がそう言っていた。
そして、「メルは、あいつは、…」と言葉を探すように視線を泳がせてから、俯いた。
しばらくしてからレオはポツリと言った。
「あいつも色々あるんだ。
アイもさすがに気づいてるだろ。
近所なのに朝一緒に登校しないのとか、極端に俺ら以外の人間を寄せ付けないとことか、たまにパニック症状みたいにもなるし」
ずっと思ってて言えなかったことを、面と向かって言葉にされると即座に頷くことはできなかった。
「…なんとなく、何かあるのかなとは思ってたけど…」
「これはあいつの問題だから、俺の口からは言えないけど、でも俺は、あいつはアイに聞いて欲しいんじゃないかって思ってる」
何も言えずにいると、レオは唇を噛んでぎゅっと拳を握った。
悔しそうな、辛そうな、いろんな感情が織り混ざったような表情だ。
そしてレオは絞り出すような声で言った。
「もう、無理なんだ。
タカも俺もソウジもメルの家族も、もちろんメルもあいつが乗り越えられるようにやってきたつもりだ。
でももうどうしたらいいかわからない。
あいつがどうしたらまた普通に笑えるようになるのか、わからない。
きっとメルを救えるのはもうアイしかいないんだ」
気づくと、レオは懇願するような顔で私を見ていた。
思わず狼狽えてしまう。
私がメルを救うだなんて、そんなのおかしな話だ。
誰よりも関係が短くて浅いのに、メルが頑なに言おうとしない事情に首を突っ込んでいいはずがない。
お前なんかお呼びじゃないと、さらに壁を作られるだけなのではないか。
名前のつくような関係性を誰かと築けたことのない私が誰かを救ったり助けたりなんて馬鹿げてる。
レオは一体どうしてそんなことを言うのだろうか。
「そ、そんなの無理だよ。私なんか」
思わず心の中からそのまま口にしてしまうと、レオは哀しげな目を伏せた後で力なく笑って「そうか」と一言だけ言った。
結局その日はそのままレオと2人で家に帰った。
持って帰るはずだった2人へのお土産のケーキは目にすることもなかった。
見ると、レオが私の頬に手を伸ばしていて心配そうな表情を浮かべていた。
「赤くなってるな」
「あ、や、こんなの全然」
「いいから保健室行くぞ。冷やさないと」
「でも、メルが」
「メルのことより今は自分のことだろうが。お前はもっと自分を大事にしろ」
どうにかレオの横をすり抜けて私もメルを追いかけたかったのだが、手を掴まれてしまってそういう訳にはいかぬかった。
「あ、でも結城さんと約束が」
今にも引っ張られて連れていかれそうになりながら、そもそもどうしてこんなことになってしまったのかを思い出した。
「…俺が伝えとくから」
ソウジがぶっきらぼうにそう言ってくれたが、教室の中をチラリと見ると、結城さんは心配そうにこちらを見ていた。
目が合った。
「大丈夫?」と口をぱくぱくと動かしている。
何度も小刻みに頷いて見せたところで、他に教室に残っていたクラスメイトたちもこちらに注目していたことに気づく。
そして、周りを見ると多くの生徒たちの好奇の眼差しを向けられていて、ひそひそと話す声が聞こえる。
そんな視線が怖くて思わず俯くと、レオはそれに気付いたのか今度こそ腕を引っ張ってその場から連れ出してくれた。
「失礼しまーす…って誰もいないじゃん」
初めて足を踏み入れた保健室は消毒液の匂いがツンと鼻をついた。
先生がいないことを確認したレオは、ずかずかと遠慮なく中に入って丸い椅子に私を座らせた。
そして、勝手を知っているように戸棚から袋を取り出し、どこからか手に入れてきた氷を入れた後、蛇口から水を注ぎ、口を縛ると、それを私に手渡した。
寒さが本格的になりつつある今、それは思わず手をすくめてしまうほどキンキンに冷たかった。
ポケットから取り出したハンカチにくるんでから頬に当てると、だんだん頬の熱が冷めていくがわかった。
レオが前の椅子に座る。
「レオは保健室よく来るの?」
「ああ、眠い時によくベッド借りにくるんだよ」
「…ふふ、レオらしいね」
思わず笑ってしまったが、すぐに笑顔は引っ込んだ。
「あの、私メルをどうして怒らせてしまったのかわからなくて。謝りたいけど、なんて言えばいいのかな」
怒らせてしまった、その言葉を口にしてからどくどくと心臓が激しく波打ち出した。
あんなに優しくて明るいメルを私は怒らせてしまったのだ、その事実が重く肩にのしかかる。
許してもらえなかったらどうしよう。
嫌いになったと言われてしまったらどうしよう。
メルの私を睨む表情が脳裏に刻み込まれて離れない。
だけど、レオはそんな私を見て大きくため息をついた。
「怒るべきなのも謝ってもらわなきゃいけないのもアイの方だろ。事情はよくわからないけど、手を出した時点でメルが悪いよ」
「で、でも、きっと私の何かがメルを傷つけてしまったんじゃないかな、
私、人付き合い上手くないからきっと」
「そんなことない、絶対ないから」
いつの間にか小刻みに震えていた私の手の上にレオは自分の手をそっと重ねながら力強くそう言った。
「で、でも」
「大丈夫。メルがアイを嫌いになることなんて絶対ないよ」
言い切ったレオの眼差しは優しくてまっすぐだった。
信じろと、瞳がそう言っていた。
そして、「メルは、あいつは、…」と言葉を探すように視線を泳がせてから、俯いた。
しばらくしてからレオはポツリと言った。
「あいつも色々あるんだ。
アイもさすがに気づいてるだろ。
近所なのに朝一緒に登校しないのとか、極端に俺ら以外の人間を寄せ付けないとことか、たまにパニック症状みたいにもなるし」
ずっと思ってて言えなかったことを、面と向かって言葉にされると即座に頷くことはできなかった。
「…なんとなく、何かあるのかなとは思ってたけど…」
「これはあいつの問題だから、俺の口からは言えないけど、でも俺は、あいつはアイに聞いて欲しいんじゃないかって思ってる」
何も言えずにいると、レオは唇を噛んでぎゅっと拳を握った。
悔しそうな、辛そうな、いろんな感情が織り混ざったような表情だ。
そしてレオは絞り出すような声で言った。
「もう、無理なんだ。
タカも俺もソウジもメルの家族も、もちろんメルもあいつが乗り越えられるようにやってきたつもりだ。
でももうどうしたらいいかわからない。
あいつがどうしたらまた普通に笑えるようになるのか、わからない。
きっとメルを救えるのはもうアイしかいないんだ」
気づくと、レオは懇願するような顔で私を見ていた。
思わず狼狽えてしまう。
私がメルを救うだなんて、そんなのおかしな話だ。
誰よりも関係が短くて浅いのに、メルが頑なに言おうとしない事情に首を突っ込んでいいはずがない。
お前なんかお呼びじゃないと、さらに壁を作られるだけなのではないか。
名前のつくような関係性を誰かと築けたことのない私が誰かを救ったり助けたりなんて馬鹿げてる。
レオは一体どうしてそんなことを言うのだろうか。
「そ、そんなの無理だよ。私なんか」
思わず心の中からそのまま口にしてしまうと、レオは哀しげな目を伏せた後で力なく笑って「そうか」と一言だけ言った。
結局その日はそのままレオと2人で家に帰った。
持って帰るはずだった2人へのお土産のケーキは目にすることもなかった。