キミと歌う恋の歌
最寄駅に着くと、急激に周りの視線を集めるのはもう慣れた。

気にしたら負けだと呆れ笑いのタカさんに言われてから、気にしないように意識してきた。

意識しているのであれば、それはもう気にしているということになるのではないのかという疑問に至りそうなものだが、それは無視しておく。

ただ、私がここ数日もっぱら気になっているのは、視線ではなく周囲で囁かれる無遠慮な言葉たちだ。


「…ほら、今日も市川さん来てないよ」


「〜やっぱり前から私嫌いだったんだよね」


「レオくんやソウジくんたちにだけ色目使ってるの気持ち悪いよね」


「市川さんが可愛いからって嫉妬やめろよ。きついぞー」


「〜うるさい、!」


メルが私の頬を叩いたという事実だけがあっという間に全校に広がり、噂の種になった。

種は放っておいてもすぐに芽を出して、枝分かれして育っていく。

当人たちの知らないところで根も歯もない事実が作られて、1人でに歩いて行く。

メルは男好きだとか、レオ、ソウジ、タカさんを都合よく扱ってるとか、可愛くない子を見下しているとか、昔いじめっ子だったとか、どれも笑っちゃうくらいくだらないものばかりだ。

くだらないもの一つでも、重ねていけば私の知っているメルではない別の誰かが登場して、
まるでそちらが本体であるかのように扱われるようになる。

ただでさえ人の注目を浴びがちなメルという人間に都合よく脚色を付け加えて、話のネタに消費されていくのを私は身に沁みて感じていた。



反応したらまた面白がられて酷くなるから放っておけとレオもソウジも言うけど、悔しくてたまらなかった。


何も知らないくせに、
メルは優しくて明るくて世界一可愛い女の子なのに、
どうしてメルがこんなに悪く言われ、いいように扱われなければならないのか

それでも私は弱いから、今日も拳を握りしめて、唇をかみしめて廊下を歩くことしかできない。


「おはよう、アイちゃん。あの、余計なお世話だと思うんだけど、市川さん大丈夫?」


教室に入った途端、近くに立っていた結城さんが心配そうな顔で尋ねてきた。

きっと日に日に勢いを増していくメルの噂話に気づいたのだろう。


「えっと、う、うん。だ、大丈夫」


私だって大丈夫なのか、知りたくてたまらないのに、声をうわずらせながら愛想笑いを浮かべる。


「そっか。あ、バイトのことはいつでもいいから気にしないでね!」


結城さんはそれ以上踏み込まず、笑顔でそう言ってくれる。


本当にいい人だ。


自分の机についてから、今日は数学のワークを広げた。
あんなに苦手だった数学だけど、考えたくないことを頭の中から追い出すのに計算問題はちょうどいい。
音楽を聞きながら解くと、さらに気分も上がるので、最近はイヤフォンをさすようにしている。

イヤフォンはメルから貰ったものだ。
ウォークマンを借りた時に使ってないからと一緒に借りて、そのままイヤフォンだけは譲り受けた。

淡いピンクのコードを握りしめる。
今、メルは何をしているのだろう。
何を思っているのだろう。


私は彼女のために何をするべきなのだろう。



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