キミと歌う恋の歌
考えているうちに一限もあっという間に終わってしまった。
もうテストも直前だ。
他のことに気を逸らしている場合じゃないのはわかっているのに、メルのこととなるとそうも言ってられない。
ため息をついていると、次の時間が移動教室なことに気付き、道具を持ってクラスメイトより一足早く教室を出た。
誰かを待たせるわけでもなく、待ってもらってるわけでもなく、基本1人行動の私のモットーは5分前行動だ。
ただでさえ、勘違いや早とちりで失敗してしまうから、自覚したらすぐに行動に移すようにしている。
教室を出て右に行けばすぐに着くのだが、今日はメルが登校しているかもしれないとひとかけらの期待にかけて、メルとレオの教室の前を通って回り道をしていった。
しかし、やはりメルの姿は見えなくて、肩を落とすばかりだった。
どうすればメルは戻ってきてくれるんだろう。
だけど、こんな嫌な視線にねっとりと絡みつかれるような場所に戻ってメルは幸せだろうか。
俯いて考え込みながら、歩いていると、私の足の先に突然別の足が現れて、歩むのを止めた。
目に映るその上履きの色は緑で、2年生であることがわかる。
視線を上げて、足の持ち主を確認すると、知らない男の先輩3人がニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
途端に体をこわばらせる。
こういう表情の男子に絡まれて、いい思い出ができた試しがない。
ブスだとか、落ちこぼれだとか汚い言葉で詰られて、笑われて馬鹿にされて、そんな思い出ばかりだ。
この人たちもそうだと決めつけるのはよくないだろうけど、統計上警戒せざるを得ない。
ゆっくりと後退りをしていると、突然一番近くにいた男の先輩に勢いよく肩を掴まれた。
全身に血が駆け巡るように熱くなる。
今すぐこの場から逃げ出したい。
だけど、蛇に睨まれたカエルのようにびくとも動かない。
「あのさ、俺のこと知ってる?」
先輩は予想しなかった言葉を投げかけてきた。
「す、すみません、わかんないです」
怒らせないように細心の注意を払いながら答える。
すると、何が面白いのか3人は大声で笑った。
「だっせー」
「きもいぞ、お前!アイちゃんに謝れよ!」
最初に誰かわかるかと聞いてきた先輩に対して、他の2人が口々に揶揄うようにそう言っている。
怖くて教科書の束をギュッと腕に抱え込む。
「うるせーなー!あ、アイちゃん俺2年の高橋涼介って言うんだけどさー、連絡先交換できない?」
涼介と名乗る先輩がそう言って、スマホを私の前に突き出した。
意味がわからなかったけど、少しばかり考えを巡らせて意図が読めた。
「あ、あの、メルの、その連絡先は教えられないですけど」
きっと彼らはメルの連絡先を得るために私を架け橋にしようとしているのだろう。
そう思うと、彼らの行動にも合点が入って、断りの返事をした。
しかし、彼らは首を捻って「ん?メルちゃん?」と繰り返した。
「え、あの、メルの連絡先が知りたいんじゃ、」
「違うって!俺はアイちゃんの連絡先が知りたいんだよ!」
「そうそう!こいつこの前の文化祭でアイちゃんに一目惚れしたらしくてさー、きもいと思うけど教えてやってくれない?」
「てかさー、市川ちゃんよりよっぽどアイちゃんの方がいいよ!なんか市川ちゃんってお高く止まってるっていうか、可愛いからってちょっと偉そうでうざいよな」
「なんか他の人間とは違いますって感じの目してるよな、まじこえーって」
「話しかけられてもにこりともしねえしさ、顔が可愛いだけで可愛げがないっつーか」
「愛想ないし、あれが好きとかいうやつ趣味悪くね?」
私の前で彼らはどんどんヒートアップしていき、口々にメルを嘲笑う言葉を並べて下品に笑う。
聞いているうちに彼らの笑い声がどんどん遠くなって、別の次元からこの場を眺めているような気分になる。
果たしてメルは他の人を見下したり、馬鹿にしていたりするだろうか。
可愛いからとお高くとまっているだろうか。
顔が、可愛いだけなのだろうか。
これまで、メルの生きる世界は私の生きる世界とは違っていて、可愛いで満たされたその世界はきっと神聖で天国のような場所なのだろうと勝手に思ってしまっていた。
私はここにきて初めて、そうではなかったことに気づく。
メルはいつも、こんな視線を向けられて、遠慮のない言葉をかけれてきたのだろうか。
まるで意思のない人形のように扱われて、周りが作り上げた理想から外れないように無言の圧力で強制されて。
“可愛い”という憧れだった褒め言葉が黒く禍々しく不快なもののように感じてしまう。
普通に生きているだけで過度に期待されて、そこから外れると失望されて、じゃあ本当のメルは一体どこにいるのだろうか。
ふつふつと腹の底から沸るような怒りを感じていた。
あなたたちにメルの何がわかるの。
何も知らないくせにメルを語ったりしないで。
叫べるのなら今すぐに大声で怒鳴りつけたい。
だけど、年上の男子3人に囲まれる中で、気の弱すぎる私は「やめてください」とか細い声で主張するので精一杯だった。
もうテストも直前だ。
他のことに気を逸らしている場合じゃないのはわかっているのに、メルのこととなるとそうも言ってられない。
ため息をついていると、次の時間が移動教室なことに気付き、道具を持ってクラスメイトより一足早く教室を出た。
誰かを待たせるわけでもなく、待ってもらってるわけでもなく、基本1人行動の私のモットーは5分前行動だ。
ただでさえ、勘違いや早とちりで失敗してしまうから、自覚したらすぐに行動に移すようにしている。
教室を出て右に行けばすぐに着くのだが、今日はメルが登校しているかもしれないとひとかけらの期待にかけて、メルとレオの教室の前を通って回り道をしていった。
しかし、やはりメルの姿は見えなくて、肩を落とすばかりだった。
どうすればメルは戻ってきてくれるんだろう。
だけど、こんな嫌な視線にねっとりと絡みつかれるような場所に戻ってメルは幸せだろうか。
俯いて考え込みながら、歩いていると、私の足の先に突然別の足が現れて、歩むのを止めた。
目に映るその上履きの色は緑で、2年生であることがわかる。
視線を上げて、足の持ち主を確認すると、知らない男の先輩3人がニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
途端に体をこわばらせる。
こういう表情の男子に絡まれて、いい思い出ができた試しがない。
ブスだとか、落ちこぼれだとか汚い言葉で詰られて、笑われて馬鹿にされて、そんな思い出ばかりだ。
この人たちもそうだと決めつけるのはよくないだろうけど、統計上警戒せざるを得ない。
ゆっくりと後退りをしていると、突然一番近くにいた男の先輩に勢いよく肩を掴まれた。
全身に血が駆け巡るように熱くなる。
今すぐこの場から逃げ出したい。
だけど、蛇に睨まれたカエルのようにびくとも動かない。
「あのさ、俺のこと知ってる?」
先輩は予想しなかった言葉を投げかけてきた。
「す、すみません、わかんないです」
怒らせないように細心の注意を払いながら答える。
すると、何が面白いのか3人は大声で笑った。
「だっせー」
「きもいぞ、お前!アイちゃんに謝れよ!」
最初に誰かわかるかと聞いてきた先輩に対して、他の2人が口々に揶揄うようにそう言っている。
怖くて教科書の束をギュッと腕に抱え込む。
「うるせーなー!あ、アイちゃん俺2年の高橋涼介って言うんだけどさー、連絡先交換できない?」
涼介と名乗る先輩がそう言って、スマホを私の前に突き出した。
意味がわからなかったけど、少しばかり考えを巡らせて意図が読めた。
「あ、あの、メルの、その連絡先は教えられないですけど」
きっと彼らはメルの連絡先を得るために私を架け橋にしようとしているのだろう。
そう思うと、彼らの行動にも合点が入って、断りの返事をした。
しかし、彼らは首を捻って「ん?メルちゃん?」と繰り返した。
「え、あの、メルの連絡先が知りたいんじゃ、」
「違うって!俺はアイちゃんの連絡先が知りたいんだよ!」
「そうそう!こいつこの前の文化祭でアイちゃんに一目惚れしたらしくてさー、きもいと思うけど教えてやってくれない?」
「てかさー、市川ちゃんよりよっぽどアイちゃんの方がいいよ!なんか市川ちゃんってお高く止まってるっていうか、可愛いからってちょっと偉そうでうざいよな」
「なんか他の人間とは違いますって感じの目してるよな、まじこえーって」
「話しかけられてもにこりともしねえしさ、顔が可愛いだけで可愛げがないっつーか」
「愛想ないし、あれが好きとかいうやつ趣味悪くね?」
私の前で彼らはどんどんヒートアップしていき、口々にメルを嘲笑う言葉を並べて下品に笑う。
聞いているうちに彼らの笑い声がどんどん遠くなって、別の次元からこの場を眺めているような気分になる。
果たしてメルは他の人を見下したり、馬鹿にしていたりするだろうか。
可愛いからとお高くとまっているだろうか。
顔が、可愛いだけなのだろうか。
これまで、メルの生きる世界は私の生きる世界とは違っていて、可愛いで満たされたその世界はきっと神聖で天国のような場所なのだろうと勝手に思ってしまっていた。
私はここにきて初めて、そうではなかったことに気づく。
メルはいつも、こんな視線を向けられて、遠慮のない言葉をかけれてきたのだろうか。
まるで意思のない人形のように扱われて、周りが作り上げた理想から外れないように無言の圧力で強制されて。
“可愛い”という憧れだった褒め言葉が黒く禍々しく不快なもののように感じてしまう。
普通に生きているだけで過度に期待されて、そこから外れると失望されて、じゃあ本当のメルは一体どこにいるのだろうか。
ふつふつと腹の底から沸るような怒りを感じていた。
あなたたちにメルの何がわかるの。
何も知らないくせにメルを語ったりしないで。
叫べるのなら今すぐに大声で怒鳴りつけたい。
だけど、年上の男子3人に囲まれる中で、気の弱すぎる私は「やめてください」とか細い声で主張するので精一杯だった。