キミと歌う恋の歌
そのまま授業が始まり、今日は何事もなく、学校での時間を終わらせることができた。


先生に因縁をつけられることもなく、クラスメイトから絡まれることもなく。


だからと言って、友達ができたり、話しかけられたりしたわけでもない。


波風1つ立たなかった今日という何の変哲も無い1日が終わっただけでしかない。


それでも私はほっと胸を撫で下ろし、いつもと同じように1人で校門を出た。


帰宅の路を辿り、商店街の中に入るとわっと周りが騒がしくなった。


必ず通らなければない商店街を私はあまり好きではない。


私の家のことを知っている人が多くて、いつも顔を見られては嘲笑や同情の表情を向けられる。


頭を下げて、早歩きでそこを通り抜けてしまおうと急いでいると、



「お、アイ!」


私をそんな呼び方するのは1人しかいない。


「翔太さん!!こんにちは」


自分でも表情が少しばっかり明るくなった気がする。


ラフな格好に仕事用のエプロンを付けて、明るい笑顔を浮かべるその人は教頭先生以外で私とまともに喋ってくれる唯一の人。


翔太さんがいる方とは反対側を歩いていたため、人を避けながら小走りで近づいていくと、翔太さんは奥の方を親指で指差して言った。



「今日、部屋1つ空いてるぞ、歌っていけば?」


翔太さんは商店街の中でも最も大きな店のイワイ楽器店の店長だ。


まだ若いのに、早くに亡くなってしまったお父さんの跡を継いで頑張ってる。


そして楽器店にはもちろん楽器も売ってあるけど、いくつか防音のスタジオがあって、バンドの練習などによく使われている。


私は幼い時から何度もそこを使わせてもらっている。


もちろんお金なんて払えるはずない、翔太さんがこっそり貸してくれているのだ。



「え、でも、」


だけど、貸してもらっていたのも中学生までの話。


ここ最近は借りていない。


なんの恩返しもできないのに、いくら翔太さんが許してくれているからといって甘えちゃいけないと思った。


だけど翔太さんは気にも留めないそぶりで私の背中を押して無理やり店の中に入れられた。


店に入ると、バイトの人が軽く会釈をしてくれた。


「いいんだって、1時間後に予約入ってるからそれまで!な?」


「でっ、でも私は翔太さんにお世話になってばっかりで何も返せないし」


押されながらもその場に踏みとどまってそう言うと、翔太さんはいつものようにガハハと豪快に歯を見せて笑った。



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