キミと歌う恋の歌
少しだけ昔の思い出を振り返っていると、いつの間にか翔太さんに背中を押されていた。


「…ちょ、翔太さん!」

「ほら時間がもったいないからさっさと歌ってこい」

な?と言って頭をわしゃわしゃと撫でてくれる翔太さんに表情を見られたくなくて下を向いたままで首を勢いよく縦に振った。


そうすると翔太さんは満足そうに頷いた。 


スタジオに入ると、数ヶ月前と変わらず大きなスピーカーがドカンと置かれていてその上にマイクが一本載せられている。


部屋の隅にはCDがいくつも積み重ねられている。


CDをかけて歌うことも多いが、今日はなんだかアカペラの気分だ。

こんな季節にぴったりな夏にさよならを告げる少し寂しい雰囲気のあの曲にしよう

マスクをとってスピーカーの音量を調節した後で、すっと息を吸い込んで一音ずつ辿るように声を吹き込んでいく。

久しぶりだったので、初めは喉が締まって上手く声が出なくて納得がいかない。

時折やり直しながら歌を連ねる。

大きく口を開けると自然と口角も上がる。
ついでに気分も上がって明るい気持ちになれる。

今だけは私はこの場で主人公なんだと思える。

気分が上がり、時々スピーカーで曲をかけながら歌い続けた。



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