キミと歌う恋の歌
______届いてほしいいつかこの声がまだ見ぬ先へ


そろそろ次の予約の時間が来てしまうことに気づいて、歌い切ったのちにマイクのスイッチを切って、スピーカーの前で腰を下ろした時だった。

「見つけた」

後ろから突如聞こえたその声に肩を震わせた。


翔太さんの声じゃない。


恐る恐る振り向いた先にいたのは、私の爽快な気分を地の果てまで引き摺り下ろすような人物だった。


「上野くん…」


扉を開けてこちらを見ているのはどういうわけか上野玲央だった。


「君、今日俺が朝話しかけた子だよね?」


突然の登場と焦りで上手く言葉が出てこない。


「いや、あの、な、なんで」


そんな私に構うことなく、上野くんはすんずんと私に近づいてくる。


「そんなに怯えないでよ。君に頼みたいことがあるんだ」


思わず顔を背けて後退りをしてしまう。



どうしよう。私のささやかな楽しみがバレてしまった。

いつから見ていたのか知らないが、最悪なことに最後に歌っていたのは私が勝手に歌詞を作った"歌"とすら呼ばないものだ。

学校では誰からも見向きもされない隠の具現化のような私が外では自信たっぷりに自作の曲を歌っていたなんて知れたら。

私は恥ずかしくて学校にも行けなくなってしまう。


それどころか万が一姉にでもバレたらなんて考えたくもない。

一瞬のうちに最悪の状況まで妄想を膨らませてしまい、もう私はその場に立っていることすらできず、無我夢中でスタジオを出て走り出していた。


「え、ちょ、アイ?!」

カウンターにいた翔太さんが慌てて私を呼ぶ声が聞こえたけど、申し訳ないが完全無視を決め込んで走り抜けた。


私は足は早くないし、体力もない。


それでも自分の限界まで走ってなんとか家までたどり着いた。


心臓がばくばくと鳴っているのを感じながら、大きな家をぼーっと見つめる。


逃げ出した先がここじゃ何の逃げにもなっていない。


私に逃げ場所があるとしたら、それは一体どこなんだろう。


「あ、バッグ忘れてきた…」


今更そんなことに気づくくらい、私は動揺していた。


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