キミと歌う恋の歌
「…行きたくないな」
見慣れた天井の模様をじっと見つめたまま深いため息をついた。
次の日薄暗い空にようやく光が差し出した頃、いつものように目覚めた私はなかなか布団から出られずにいた。
瞼を閉じれば昨日の出来事が壊れたDVDプレイヤーのように何度も巻き戻して再生される。
上野玲央に乗り気で歌っているところを見られてしまった。
そこから膨らむ嫌な妄想のせいで夜もまともに眠れなかった。
顔を両手で覆ってもう一度大きなため息をついた後で、仕方なくゆっくりと立ち上がった。
どっちにしろ私は学校に行かなければいけない。
一度モノは試しにとサボってみたら、学校から親へ連絡が行き、三日三晩何も食べさせてもらえない折檻を受けた。
学費を出してもらっている分際で休むことなどあってはならないのだ。
学校へ行く用意をしようとしたところで、昨日バッグを置いてきたままであることに気づいて頭を抱えた。
教科書はほとんど教室に置いているが、筆記用具はゴミ箱に捨てられた姉のお下がりをかき集めた、あのバッグに入れた分しか持っていない。
「どうしよ、」
答えのないつぶやきを家に残して私は学校へ向かった。
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「おや戸田さん、今日は何も持たずに登校かい?見逃せんな」
朝、学校へ到着するといつもの如く教頭先生に遭遇した。
「これは、その、わすれちゃって」
我ながら無理のある言い訳に教頭先生はやはり首を傾げた。
「バッグごとかい?だいぶ急いでいたんだね」
「は、はい」
「シャープペンと消しゴムくらい貸そうか?」
「え、いいんですか?」
「一つ貸しだからね?」
「ありがとうございます」
幸運なことに筆記用具の問題をクリアできた。
教頭先生は胸ポケットからシャープペンシルのノック部分に消しゴムがついたものを取り出して、私に差し出した。
頭を下げて、それを受け取り、今度は私の胸ポケットに入れた。
もう一度お礼を言ってから別れ、教室に向かうとやはりまだ誰もいなかった。