キミと歌う恋の歌
中にもう一枚扉があって、そこを開けると中には7畳ほどの部屋があって、市川さんと津神くんが立っていた。


2人の視線を浴びて思わずペコっと頭を下げたが、何も言われなかった。


「なあメルお前湿布持ってたよな。戸田さんにあげて」


上野くんは改めて市川さんにそう声をかけると、市川さんは無言のままカバンから袋を取り出してそこから湿布を一枚だし、私にすっと差し出した。


「あ、ありがとうございます」


動揺しながら受け取り、正直本当に痛みはもうあまり感じてないのだが、せっかく頂いたのだからとフィルムを剥がしていると、先輩がため息をついて言った。


「自分じゃ貼りにくいだろ。メルがやってやれ」


「いや、そんな」


慌ててフィルムを剥がす指をスピードアップしたが、市川さんは能面のように表情を変えずに私から湿布を取った。


「どこ?」


可愛らしい声にぴったりな甘い声にうっとりしながら、あ、あと挙動不審になりながらも手首の辺りを指さすと、市川さんは綺麗に貼ってくれた。


「ありがとうございます」


お礼を言っても市川さんは頷くだけだった。その代わりに先輩がまた本当に申し訳なさそうに謝ってくれたので、大丈夫だと断っておいた。


「戸田さん来てくれてありがとう」


改めてという様子で、上野くんがそう言ったところで私は部屋の1番奥にあるキーボードに気づいた。

その後ぐるりと一周部屋を見回すと、ギターとベースらしきものが入ったケースもある。


そういえば彼らはバンドをしていると聞いたことがある。


もしかしてここはその練習場なのだろうか。


そんなことを思っていると知ってか知らずか上野くんは私の顔を見て笑顔でこう言った。


「実は話っていうのは俺のバンドのボーカルをしてくれない?ってことなんだ」



「…え?」


「俺らこの4人でバンドをしているんだけど、ボーカルがいなくて探してたんだ。昨日戸田さんの歌を聞いて君しかいないと思ってさ」


気分良さげに話し続ける上野くんに私はついていけない。


私がバンドのボーカル?


それも上野くんたちと?


ありえない。


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