キミと歌う恋の歌
「むむむむ無理です。できません」


「でもキミの歌最高だったよ」


「あんなの、趣味の一環で目に留まっただけでも幸いです。その上お褒めの言葉まで光栄です。
でも他にもっといい人がいます」


「いや君しかいない」


冷静に反応する上野くんと完全にテンパってる私の温度が違いすぎておかしくなりそうだ。


すると今度は上野くんが爆弾をもう一つ投下した。


「じゃあちょっとそこで歌ってみてよ。試しに一回だけ」


私の今立っている場所を指差してそう言ったのだ。


一瞬だけ考えてしまった。


本当に、本当に認めてくれたんだったらどうしようって。歌ってみたいって。


だけど、そんなの想像するだけで冷や汗が止まらなくなる。


人の前で歌うだなんて緊張と恥ずかしさで死んでしまう。


「やっぱりダメです。私なんかには無理です」


「一回だけで」


食い下がる上野くんを止めたのは津神くんだった。


上野くんの言葉を遮って、私のことを憎々しげに見ながら吐き捨てるように言った。


「もういいレオ。
私なんか、私なんかって自尊心のかけらもないやつにボーカルなんてできるわけねえだろ」


ここまで面と向かってバッサリとけなされたのは家族以外では初めてだ。


それから津神くんが一文以上話すのも始めて聞いた。

だけど、上野くんが目を覚ます理由にもなるかと思い、期待したが、


「必要だよ。ボーカルはこの子がいい」


真っ黒で硬かったものにすっと風が吹き込んで光が広がり始める、そんな感覚だった。


"私がいい"だなんて言われたこと、今まで一度だってあっただろうか。


温かいものが胸に広がって、知らず知らずのうちに涙が目から一粒こぼれ落ちていた。


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