キミと歌う恋の歌
「ちょっ、」


市川さんが慌てたように駆け寄ってきたのがわかった。


こんな初対面に等しい人達に涙を見せるなんてありえない。


それはわかっているのに、止めなきゃと思えば思うほど涙は筋を作る。


初めてなんだこんなの。


いくら辛いこと言われても、されても、もう長年泣かなかった、いや泣けなかった。


なのに、上野くんのさっきの言葉を聞いた途端、枯れた涙腺が一気に潤ったように涙が止まらない。


「すみませんすみません」


手の甲で拭って止めようとするが、蛇口の壊れた水道のように涙が止まらない。


「謝りなよ」


それまで至って無表情で必要以上に言葉を発しなかった市川さんが低い声でそう漏らして、津神くんをキッと睨んだ。


「は?」


「あんたが酷いこと言うから、」


「俺は別に間違ったことは言ってねえ」


「言い方が悪いっつー話だろ」


先輩が嗜めるようにそう言いながら、津神くんの肩に手を置いた。


「ごめんな、口と性格がすこぶる悪いんだこいつ」


酷い言われようだ。


津神くんのせいじゃ全くないのに、申し訳ない。



泣き止んだ頃には昼休みもあと僅かになってしまっていた。


きっと練習時間だったはずのこの時間を私のせいで潰してしまってどうお詫びすればいいかわからない。


それなのに、津神くんを除いて誰も私を嫌な目で見ることなく、突然泣き出した私をずっと励ましてくれた。


少し落ち着いたところで、上野くんは改めて私の目をしっかり見据えて言った。


「嫌な思いさせてごめん。でも俺本当に君の歌声に感動したんだ。君の歌があればさらにいいものができる、自信をもって言える」


「そんなこと」


「俺らと一緒に夢を背負って欲しい。趣味程度なんかじゃない、世界に響く音楽を作りたいんだ」


彼は本当にそう思っている。
大袈裟ではなく、心からそう信じている。


そして彼は、彼らは実現してしまうだろう。


実際に演奏を聞いたことはないが、私はスターの近くで育ったから嗅覚には自信がある。
彼らはスターにふさわしいオーラをもっているのだ。


じゃあ私は?
自他共に認める落ちこぼれの私が入ったらむしろ足を引っ張るんじゃないか。


翔太さんにしか私の歌を聴いてもらったことがない。
翔太さんは優しいから上手い上手いと褒めてくれるけど、実際はどうかなんて私はわからない。


歌うことは好きだけどそれを職業にしたいだなんて思ったことないし、人前で歌うだなんて想像もできない。


彼の言葉をあっさりと信じられるほどまだ私は彼を知らない。


「1日、貰ってもいいですか」


「うん、もちろん」


「すみません、ありがとうございます」


特に津神くんの方へ想いを込めて謝ったが届いたかはわからない。

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