キミと歌う恋の歌
「あの、私音楽とか聴ける機械とかもってなくて、お店で聴くくらいしか…」


3、4回しか聞いたことがないくせに、好きだとおこがましいと思われたのだと、弁解するように早口でそう喋ったが、


2人は何も言わずに、ただ唖然とした顔で顔を見合わせていた。


「…3、4回聞いただけで、あれだけ大勢の前で歌ったわけ?」


津神くんに呆れた口調で聞かれた。


「知ってる曲は、どれもそのくらいしか聞いたことないので、正直何を選んでも同じで…」


津神くんは、立ち尽くす私を一瞥し、


「…意味わかんね」


今度こそ呆れ返った様子で、ドアを開けて音楽室に入っていってしまった。


「な、何か私、不快なことを…」


もはや津神くんは私の前ではいつも不機嫌なのだけど、今回の津神くんはなんだかもう不機嫌ともいえない、異様なオーラをしてた。


残った上野くんに、思わず助けを求めたけど、


「大丈夫だって、あいつもアイの実力は認めてるよ。ただあいつはな、極度のツンデレなんだよ」


上野くんはいつもと全く変わらない、軽口でそう言った。


「つん…でれ?」


「そうそう、ツンデレで人見知りで、とにかくコミュ障なんだよ。1ヶ月もすればアイとも普通に喋れるようになるよ」


津神くんのデレなんてたぶん学校中の誰も想像できない。


「まあとにかく、完璧に歌えるようになったんなら、もうソウジはお役御免だね」


「そ、そんな、まだまだです。私言われたことすぐ忘れちゃうので、何回も練習しないとダメなんで…」


「そりゃあ、もう練習しまくってもらうさ。悪い所はその度にソウジに口出しして貰えばいい。とにかくゆっくりしてる暇はないからさ、次の練習に移るよ」


そうだ、私の練習ばかりに時間を費やしてると、バンドの練習を妨げてしまう。


中に入ると、みんな各々に個人練習に励んでいた。


タカさんや市川さんはもちろんドラムやキーボードを持ち運べるわけではないので、イヤホンで音楽を聴きながらスティックでイメージトレーニングをしているようだ。


対して上野くんや津神くんはギターとベースを荒々しく弾きこなしている。スタジオのようにアンプがあるわけではないので音は小さいが、軽やかな指捌きに惚れ惚れとしてしまう。


昨日曲を決めたばかりだというのに2人はほとんど暗譜してしまったらしい。イヤホンで曲を聴きながら目を閉じて演奏している。


私もみんなの練習を突っ立って見ているわけにはいかない。


邪魔にならないよう、一番入り口に近いところで肩幅ほどに足を広げてお腹に手を置いて発声練習を始めた。


昨日の練習の時、上野くんが私の発声を見てくれた。
地声で出せる音域を伸ばして、安定して声量が出せるように毎日発声練習をするように言われた。


上野くんが言うには私の出せる音域は人と比べて広いらしい。

自分ではイマイチよくわからないけど、言われた通りキーを上げながらロングトーンで発声していく。

昨日までは少しばかり恥ずかしいという気持ちが残っていたけど、真剣に練習するみんなの様子を見ているとそんな気持ちは薄れていった。


今だって私以外のみんなはイヤホンをつけていて、自分の世界に閉じこもっていて、1人結構な声量を出している私のことなんか気にしていない。


私にできることはとにかくうまく歌を歌えるようになるだけだ。



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