キミと歌う恋の歌
しばらくそうしていると、突然目の前のドアがガチャリと音を立てて開いた。


途端に鼓動が速くなり、呼吸が苦しくなる。


大丈夫、私には味方がたくさんいるんだ。
勇気を出さなきゃ、


固く決心したところで、父がドアの影から顔を覗かせた。


一瞬目が合ったが、父は表情も変えずにドアを閉めて、足早にリビングへと向かっていく。


「あの、お父さん、」


階段から立ち上がって、後ろを追いかけながらとりあえず呼んでみたけど父は振り返らない。
まるで私の声なんか聞こえていないようだ。
本当は私は家の中に入った途端透明人間にでもなってしまったりしているんじゃないだろうか、そんな風に思えてしまうほどで、早くも挫けてしまいそうになる。

だけど、こんなところで諦めるわけにはいかない。


「お父さん!お願いがあるんです」


それでもこっちを見てくれない。


「お願いが、!アルバイトをさせてほしいんです」


ネクタイを外しながら忙しなくリビングを動き回る父に対して、声を張り上げて訴えかけた。
この家でこんなに大声を出したのは本当にいつぶりだろうか、

さすがに父も驚いたのか一瞬だけぎょっと見開いた目をこちらに向けた。
この瞬間を逃すわけにはいかない。


「迷惑はかけません!許可をして欲しいだけなんです」


津神くんにファミレスの前でイライラすると言われてからずっと考えていた。
今はみんなが気遣ってくれているけどいつまでもそういうわけにはいかない。
お金がなければ人と付き合っていくことも自分の好きなことを続けることも居場所を維持することもできない。
生きていく限りお金が必要なのだ。
そのためには働いてお金を稼ぐしかない。
アルバイトができないからどうしようもないと自分に対して言い訳をしていたが、それは母から一方的にバイトはさせないとはっきり言われてそのまま受け入れていただけだ。
私からどうしてもさせて欲しいとお願いしたことはなかった。
自分から動かずに、はなから無理だと決めつけて人に迷惑をかけるわけにはいかない。

父親なら少しくらい聞いてくれるんじゃないかと見込んで父と2人きりになれる時を待っていたのだ。


「お願いします!」


目の前まで行って頭を大きく下げた。
眉間にしわが深く刻み込まれた父の顔をじっくりと見るのも久しぶりだ。


「お前のような使えない人間がアルバイトなんてしたところで先方に迷惑をかけるだけだろ」


ようやく口を開いた父は冷たくそう言い放った。


負けない、負けちゃダメだ。
自らの拳で太ももを殴りながら、首を振った。


「私にもできる仕事にします」


「仕事を舐めるなよ。お前みたいな役立たず何もできない」


「…舐めてないです、どうにか役に立てるように頑張ります、お願いします!お願いします!」


勢いで押すしかなかった。


上から大きなため息の声が聞こえる。
俯くことしかできなくなる。


重い沈黙の時間が流れた。


だが、沈黙を切ったのは私でも父でもなかった。



「何でお金が欲しいの?」


背後から突然聞こえた声に声をあげてしまいそうなくらい驚いた。
そして、一瞬で後ろにいる人物の正体に気づいてしまい、頭を抱えて倒れ込みたくなった。


いつの間に帰ってきたんだろう。
どうして、姉がここにいるんだろう。


「お前空港に行ったんじゃなかったのか?」


父が姉に対して尋ねると、姉は私の前に姿を現し、不満そうに唇を尖らせた。


「台風で欠便になっちゃったの。明日に変更になったから一旦帰ってきた」


「そうか」


私と父とは違う、姉と父の雰囲気に胸が苦しい。
だけど今はそれどころじゃない。
なんて私はついていないんだろう。
天候まで敵になってしまうなんて、私が何をしたというのだろう。


「まあでも面白いものが見れたからよかった。ねえ愛水しばらく見てたけなんだかすごく偉そうだったね」


ニコニコと笑う姉の心の中は一つも笑っていないことなんてよくわかっている。


「そんなつもりは…」


「何でお金が欲しいの?」


私の返事を待たずに姉はさっきの質問をもう一度繰り返した。
吸い込まれそうに大きな姉の瞳に見つめられると、私は肉食動物に見つかった小動物のように動けなくなって、汗が吹き出し始める。


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