キミと歌う恋の歌
正直に答えるわけにはいかない。
バンドを組んでライブをするからなんて言えばお前には無理だと無理やりやめさせられるのが目に見えている。

「学校の行事とか、あと眼鏡がもう古くてよく見えないのとかで…」

絞り出した声でそう告げると、姉はケラケラと笑った。

「確かにその眼鏡古すぎてサイズ合ってないよね。本当に間抜けヅラ」

そう言って私の額を強く手のひらで押した。
突然の衝撃で後ろに2、3歩よろける。

「それでお父さんに頼めばアルバイトさせてもらえると思ったんだー」

凍てつくような鋭い眼光にたじろぐことしかできない。
さっき出した勇気が幻だったように小さく縮こまって今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


「いい加減諦めなよ、お父さんもお母さんもアンタのことなんか愛してないの。大嫌いなの。アルバイトなんてさせるわけないじゃない。仕事のできない不細工が戸田家の娘だって思われたら困るでしょ?それに私はアンタが不幸なのを見ていたいんだからアルバイトなんてしてお金貯めて遊んだりし始めたらイライラしちゃう」


姉は演技で鍛えたその滑らかな滑舌で饒舌に私をなじりつづける。
慣れたものだ。
今更悲しいなんて感情湧かない。
だけど、最近は優しい人たちに触れすぎたせいか、ほんの少しだけ胸がざわつく。
本当に人間の体の中に心という部位があったとするならば、それがピシピシと音を立ててひび割れていく感覚、そんな感じ。


「すみません」


心のヒビに気づかないふりをして私は頭を下げる。
何に対して謝ったのだろう。自分でもわからない。




「うーんアンタはお金が欲しいんでしょ?」


上からしばらく見下ろしていた姉が突然唸りつつ問いかけてきた。


「は、はい」


意図が読めず恐る恐る顔を上げて頷くと、姉は無邪気な笑顔を見せた。


「じゃあ私があげるよ。2万くらいでどう?」


「…え?」


「何?いらないの?」


「いや、」

財布から実際に一万円札を2枚出してひらりとはためかせる姉と意味のわからない私。
対峙したのちに、姉は口角を上げて言った。


「あんたが私の言うことを守ったらこれあげる」


「な、何をすれば」


「んん〜そうねー、あ!そうだ!朝までここで立っててよ。一歩たりとも動いちゃダメ」


姉は心底楽しそうに、リビングの端の方を指差した。


時計を見ると今はまだ18時になったばかりだ。
朝までというと最低でも12時間は考えられる。
12時間動かず立ちっぱなしなんてやったこともなければ、想像したこともない。
自分で考えているよりと相当きついはずだ。
それに本当にお金をくれる保証もない。

少しだけ身震いがした。でも、


「どうするの?」


「やります。やらせてください」


私にはこんな蜘蛛の糸に縋るしか道はないのだ。

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