キミと歌う恋の歌
「あ、お父さんこの前テレビでやってたお店のお弁当買ってきたから食べようよ」
「ああ、ありがとな。明日は飛行機飛びそうなのか?」
「明日の昼の便だから多分大丈夫じゃないかーって監督が言ってた」
「そうか、気をつけろよ」
「うん!今回は何度もお世話になってる監督だから安心だよ。そういえば昨日久しぶりにお兄ちゃんから連絡来たんだけどさ、今フランスにいるんだって知ってた?」
「聞いてない。なんでフランスに?」
「論文が評価されてフランスの大学に招待されたんだって」
「へーよくやるな」
「でもねすごいの!全部フランス語で研究発表したんだって」
「あいつならそんなこと容易いものだろう」
「さすがお兄ちゃんだよね〜」
目の前で繰り広げられる会話は理想の家族そのものだ。
裕福な家庭に頭脳明晰な長男と芸能界で活躍する長女。
これほど誰もが羨ましがる環境はあるだろうか。
だけど、私はそんな家庭の端で見向きもされず棒立ちするよりももっと平凡で普通の家庭で家族と肩を並べてダイニングテーブルに座ってご飯を囲みたかった。
芸能界だとか海外だとかそんな華やかな話題は一つもいらないから、学校の勉強のこと、部活のこと、友達と遊んだ話やたまには喧嘩した話、そんな何気ない会話で弾む日々がよかった。
無理な望みだ。
世間にはもっと不幸な人もいるというのに、私は雨風を避けられる家に住めて食べ物も十分じゃなくてもあって、生きていられる分恵まれている。
そうだ、ネガティブ思考になってしまったら余計しんどくなる。
頭の中を覆っていた消極的な考えを振り払って、明るくなれるようなことを思い出した。
明日は練習がある。
レオやメル、みんなと会える。
メルは明日も昼ごはん一緒に食べにきてくれるかな、
たまには私がメルのクラスに行ってはダメだろうか。
メルは私がクラスにくると嫌かな。
もっと友達が欲しいな、欲張りだろうか。
でも結城さんたちは優しかったな、友達になれたりしないかな、
私が上手く歌ってステージを成功させたらまた話しかけてくれるかも。
「ねえ、何ニヤニヤ笑ってんの?」
突然刺すような尖った口調の言葉が飛んできて胸がひゅっとなった。
途端に夢から覚めたように現実に引き戻される。
姉が私を睨みつけながら腕を組んで立っていた。
「あ、すみません、」
「アンタ本当に笑うと気持ち悪い。私お風呂入ってくるけど少しでもサボったらただじゃおかないから。わかってるよね?」
姉の言葉に少しだけ引き上がっていた口角が下に引っ張られたように下がった。
「わかってます。すみません」
「うざ」
姉がそう言って舌打ちをした次の瞬間、下腹部に強い痛みを感じ、つい呻きながらよろけた。
お腹を押さえながら姉の方を見ると、手をグーの形にして笑っていた。
「ほら動いちゃダメって言ったでしょ?今のはサービスでノーカウントにしてあげるから気をつけなよ」
「…はい、ありがとうございます」
こういうのにも慣れてる。
しばらくすると姉の殴った下腹よりも心臓がズキズキと痛み出すのだ。
体の傷はいつか治るけど、心臓の痛みはなかなか消えない。
3時間を超えたあたりから足が鈍く重くなり始め、平衡感覚に違和感を感じて少しだけ眩暈がした。
姉や父がいない頃を見計らって軽く足をプラプラと揺らしたり足首を回したりしてもいまいちそれは変わらなかった。
トイレに行かせてもらえないことはごくたまにあるので、我慢することはそれほどきつくはなかった。
空腹感も感じはするが、食べれないことはよくあることなので、舌を軽く噛んだりしてれば気が紛れて耐えられる。
今日が夏でなくてよかった。
夏だったらきっと汗が気持ち悪くて嫌だっただろう。
そんな風に日付が変わるまではなんとか耐えて、父と姉はそれぞれの部屋に行き、家は寝静まった。
姉はなんと執着深いことか、使い古したビデオカメラを私の近くにセットして回したまま寝てしまった。
別にそんなことされなくても私は逆らったりできないのに。
私は姉には歯向かえないし、姉の言ったことは絶対なのだ。
それに今回はみんなに返すためのお金がかかっている。
意地でもやり通す。
外は台風の影響で大荒れのようだ。
轟音が窓の外で響き、物が飛び交うような音も聞こえた。
明日の朝には過ぎ去っているといいな、音に怯えながらそんなことを思った。
それからさらに時間が経つと、今度は眠気が襲ってきた。
さすがに眠気には私も簡単には抗えない。
片手でもう片方の手の甲をつねったり、顔の筋肉を大袈裟に動かして眠気と戦い続けた。
今にも前のめりに倒れてしまいそうな体に鞭を打ち続け、立っている感覚さえ失いかけた時、時計は8時半を指した。
もう台風は過ぎ去ってしまったようで、嵐が過ぎ去った後の外はシーンと静まり返っていた。
しかし、もう家を出なければ学校に間に合わなくなってしまう。
だが、姉は降りてこない。
ちなみに父は7時ごろに私には目もくれず仕事に出かけた。
どうしようかと焦りが最高潮になった時
「おはよう」
後ろから寝起きらしき姉の声が聞こえた。
振り返ると、寝巻き姿の姉が欠伸をしながら部屋に入ってきた。
リビングに入ってすぐ、ビデオカメラをとり、ボタンを押してざっと動画を確認した。
「へえ、本当に立ち続けたんだ。よくやる。私だったら絶対やらないなー」
続けて、姉は近くにあった自分のバッグの中から財布を取り出して、その中から紙幣を取り出して私に向かって差し出した。
本当にお金をもらえるということに胸を撫で下ろしたが次の瞬間その紙幣を見て愕然とした。
「え、」
「何?」
「これ、千円…」
姉の手が握っているのはどこからどう見ても千円紙幣だった。
「そうだよ。何か文句でもあるの?」
「でも昨日、二万って」
「そんなこと言ったっけー?まあでも今日は千円の気分だから仕方がない」
唇が無意識のうちに震えていた、姉の楽しげな顔から目が離せない。
「何?睨んでるの?じゃあこれもいらない?」
涙は流したくない。
こんなことで流したくない。
堪えろ、堪えろ。
爪が肌に食い込むほどに拳を握り締め、
「文句なんかないです。千円札有り難く頂きます。ありがとうこざいます」
と声を絞り出した。
私の何がそんなに面白いのかわからないが、姉は腹を抱えて笑っていた。
14時間半立ち続けた対価は千円札一枚だった。
だけど私はそれに対して頭を下げて受け取らなければいけない。
自分の居場所を守るために。
一体私は何のために生きているんだろうか。
「ああ、ありがとな。明日は飛行機飛びそうなのか?」
「明日の昼の便だから多分大丈夫じゃないかーって監督が言ってた」
「そうか、気をつけろよ」
「うん!今回は何度もお世話になってる監督だから安心だよ。そういえば昨日久しぶりにお兄ちゃんから連絡来たんだけどさ、今フランスにいるんだって知ってた?」
「聞いてない。なんでフランスに?」
「論文が評価されてフランスの大学に招待されたんだって」
「へーよくやるな」
「でもねすごいの!全部フランス語で研究発表したんだって」
「あいつならそんなこと容易いものだろう」
「さすがお兄ちゃんだよね〜」
目の前で繰り広げられる会話は理想の家族そのものだ。
裕福な家庭に頭脳明晰な長男と芸能界で活躍する長女。
これほど誰もが羨ましがる環境はあるだろうか。
だけど、私はそんな家庭の端で見向きもされず棒立ちするよりももっと平凡で普通の家庭で家族と肩を並べてダイニングテーブルに座ってご飯を囲みたかった。
芸能界だとか海外だとかそんな華やかな話題は一つもいらないから、学校の勉強のこと、部活のこと、友達と遊んだ話やたまには喧嘩した話、そんな何気ない会話で弾む日々がよかった。
無理な望みだ。
世間にはもっと不幸な人もいるというのに、私は雨風を避けられる家に住めて食べ物も十分じゃなくてもあって、生きていられる分恵まれている。
そうだ、ネガティブ思考になってしまったら余計しんどくなる。
頭の中を覆っていた消極的な考えを振り払って、明るくなれるようなことを思い出した。
明日は練習がある。
レオやメル、みんなと会える。
メルは明日も昼ごはん一緒に食べにきてくれるかな、
たまには私がメルのクラスに行ってはダメだろうか。
メルは私がクラスにくると嫌かな。
もっと友達が欲しいな、欲張りだろうか。
でも結城さんたちは優しかったな、友達になれたりしないかな、
私が上手く歌ってステージを成功させたらまた話しかけてくれるかも。
「ねえ、何ニヤニヤ笑ってんの?」
突然刺すような尖った口調の言葉が飛んできて胸がひゅっとなった。
途端に夢から覚めたように現実に引き戻される。
姉が私を睨みつけながら腕を組んで立っていた。
「あ、すみません、」
「アンタ本当に笑うと気持ち悪い。私お風呂入ってくるけど少しでもサボったらただじゃおかないから。わかってるよね?」
姉の言葉に少しだけ引き上がっていた口角が下に引っ張られたように下がった。
「わかってます。すみません」
「うざ」
姉がそう言って舌打ちをした次の瞬間、下腹部に強い痛みを感じ、つい呻きながらよろけた。
お腹を押さえながら姉の方を見ると、手をグーの形にして笑っていた。
「ほら動いちゃダメって言ったでしょ?今のはサービスでノーカウントにしてあげるから気をつけなよ」
「…はい、ありがとうございます」
こういうのにも慣れてる。
しばらくすると姉の殴った下腹よりも心臓がズキズキと痛み出すのだ。
体の傷はいつか治るけど、心臓の痛みはなかなか消えない。
3時間を超えたあたりから足が鈍く重くなり始め、平衡感覚に違和感を感じて少しだけ眩暈がした。
姉や父がいない頃を見計らって軽く足をプラプラと揺らしたり足首を回したりしてもいまいちそれは変わらなかった。
トイレに行かせてもらえないことはごくたまにあるので、我慢することはそれほどきつくはなかった。
空腹感も感じはするが、食べれないことはよくあることなので、舌を軽く噛んだりしてれば気が紛れて耐えられる。
今日が夏でなくてよかった。
夏だったらきっと汗が気持ち悪くて嫌だっただろう。
そんな風に日付が変わるまではなんとか耐えて、父と姉はそれぞれの部屋に行き、家は寝静まった。
姉はなんと執着深いことか、使い古したビデオカメラを私の近くにセットして回したまま寝てしまった。
別にそんなことされなくても私は逆らったりできないのに。
私は姉には歯向かえないし、姉の言ったことは絶対なのだ。
それに今回はみんなに返すためのお金がかかっている。
意地でもやり通す。
外は台風の影響で大荒れのようだ。
轟音が窓の外で響き、物が飛び交うような音も聞こえた。
明日の朝には過ぎ去っているといいな、音に怯えながらそんなことを思った。
それからさらに時間が経つと、今度は眠気が襲ってきた。
さすがに眠気には私も簡単には抗えない。
片手でもう片方の手の甲をつねったり、顔の筋肉を大袈裟に動かして眠気と戦い続けた。
今にも前のめりに倒れてしまいそうな体に鞭を打ち続け、立っている感覚さえ失いかけた時、時計は8時半を指した。
もう台風は過ぎ去ってしまったようで、嵐が過ぎ去った後の外はシーンと静まり返っていた。
しかし、もう家を出なければ学校に間に合わなくなってしまう。
だが、姉は降りてこない。
ちなみに父は7時ごろに私には目もくれず仕事に出かけた。
どうしようかと焦りが最高潮になった時
「おはよう」
後ろから寝起きらしき姉の声が聞こえた。
振り返ると、寝巻き姿の姉が欠伸をしながら部屋に入ってきた。
リビングに入ってすぐ、ビデオカメラをとり、ボタンを押してざっと動画を確認した。
「へえ、本当に立ち続けたんだ。よくやる。私だったら絶対やらないなー」
続けて、姉は近くにあった自分のバッグの中から財布を取り出して、その中から紙幣を取り出して私に向かって差し出した。
本当にお金をもらえるということに胸を撫で下ろしたが次の瞬間その紙幣を見て愕然とした。
「え、」
「何?」
「これ、千円…」
姉の手が握っているのはどこからどう見ても千円紙幣だった。
「そうだよ。何か文句でもあるの?」
「でも昨日、二万って」
「そんなこと言ったっけー?まあでも今日は千円の気分だから仕方がない」
唇が無意識のうちに震えていた、姉の楽しげな顔から目が離せない。
「何?睨んでるの?じゃあこれもいらない?」
涙は流したくない。
こんなことで流したくない。
堪えろ、堪えろ。
爪が肌に食い込むほどに拳を握り締め、
「文句なんかないです。千円札有り難く頂きます。ありがとうこざいます」
と声を絞り出した。
私の何がそんなに面白いのかわからないが、姉は腹を抱えて笑っていた。
14時間半立ち続けた対価は千円札一枚だった。
だけど私はそれに対して頭を下げて受け取らなければいけない。
自分の居場所を守るために。
一体私は何のために生きているんだろうか。