キミと歌う恋の歌
落ち込んでいる暇はなかった。
もうすでに学校に遅れてしまうのは確定だったが、なるべく先生には目をつけられたくはないし、とにかく早く向かうに越したことはない。
それに笑い疲れた様子の姉にも
「学校にはちゃんと行きなよー。お父さんはアンタみたいなグズにわざわざ学校に行かせてあげて無駄金使ってるんだからさ」
と言われてしまった。
急いでお風呂に入ってから掃除をして、身支度を終えて家を駆け足で飛び出した頃にはもう始業時間の9時を過ぎていた。
家を出ると、あたり一面に落ち葉やらゴミやらが散乱していた。
轟音のもたらした惨状に驚きつつ、どこの家も修理が必要な被害は受けていなさそうで安心した。
帰ってきたら、後片付けをさせられそうだなと思いながら、とにかく今は急がなければと猛ダッシュで走り出した。
しかし、商店街の半分を過ぎたところでよく知った声に「アイ!」と呼び止められた。
足を止め、振り返るとこちらに向かって手を振る翔太さんがいた。
「遅刻かー?珍しいな」
「あ、ちょっと寝坊しちゃって、」
肩で息をしながら答える。
「その割にクマが酷くないか?顔色も悪いぞ。大丈夫か?」
翔太さんは近づいてきて、私の顔を覗き込み、心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫です、」
無理やり笑顔を作ろうとしたが、昨日の姉の言葉が不意に頭をよぎってうまく笑えない。
『アンタ本当に笑うと気持ち悪い』
何度も言われた言葉だけど今日はやけに胸に重くのしかかる。
「あの、翔太さんもう私行かないと、すみません」
頭を下げて、再び走り出そうとすると、腕を掴まれて引き止められた。
「アイ、これ持ってけ」
そう言って翔太さんが差し出したのは茶色の封筒だった。
「なんですか?これ」
表に何も書いていなく、薄くて中の見当がつかないそれに首をかしげると、翔太さんは私の手に置いた。
翔太さんの顔を見ながら恐る恐る封筒から中の物を取り出すと、それの正体は2枚の1万円札だった。
「な、なんでこれ」
動揺しつつ、それを翔太さんに押し返そうとすると、翔太さんも対抗するように後ろに下がった。
「ごめんな、気がつかなくて。スタジオ借りたりするとお金かかるよな。お前のことだからあいつらに申し訳ないとかいる意味がないとか思っちゃってんだろ」
心から申し訳なさそうに眉毛を下げてそう話す翔太さんに黙り込むことしかできない私。
翔太さんは私の頭にポンと手を置いていつものようにわしゃわしゃと撫でた。
「これはお前にやったんだから返す必要ないからな。それから困ったら俺をすぐ頼れ。な?」
「…すみませっ」
謝る私の声を遮って翔太さんは笑って言う。
「謝るなって。ほら学校大遅刻だろ!急げ!」
無理やり背中を押し出され、おぼつかない足のままに学校に向かって走る。
振り返ると翔太さんは笑顔で手を大きく振っていた。
走りながら鞄に封筒を入れる。
制服のポケットに手を入れると姉から貰った千円札の感触を指を伝って感じる。
千円札を握りしめると手汗で少し湿る。
息が少し苦しい。
最近は学校と家の距離なんかへっちゃらだったのに。
「ハァッハアッハアッ」
昇降口のところで膝に手のひらをついて息を整える。
姉の顔と翔太さんの顔が交互に浮かぶ。
私は1人で生きていくことどころか他人に迷惑をかけて助けてもらってしか生きられない。
翔太さんは頼れと言ってくれたけどそういうわけにはいかない。
翔太さんにも守るべきもの大切なものがある。
大体、私は高校を卒業したら自立していけるなんて思い込んでいたが、その保証が一体どこにあるのだろう。
卒業しても家に閉じ込められるかもしれない。
そうなればバンドなんて続けられない。
もうすでに学校に遅れてしまうのは確定だったが、なるべく先生には目をつけられたくはないし、とにかく早く向かうに越したことはない。
それに笑い疲れた様子の姉にも
「学校にはちゃんと行きなよー。お父さんはアンタみたいなグズにわざわざ学校に行かせてあげて無駄金使ってるんだからさ」
と言われてしまった。
急いでお風呂に入ってから掃除をして、身支度を終えて家を駆け足で飛び出した頃にはもう始業時間の9時を過ぎていた。
家を出ると、あたり一面に落ち葉やらゴミやらが散乱していた。
轟音のもたらした惨状に驚きつつ、どこの家も修理が必要な被害は受けていなさそうで安心した。
帰ってきたら、後片付けをさせられそうだなと思いながら、とにかく今は急がなければと猛ダッシュで走り出した。
しかし、商店街の半分を過ぎたところでよく知った声に「アイ!」と呼び止められた。
足を止め、振り返るとこちらに向かって手を振る翔太さんがいた。
「遅刻かー?珍しいな」
「あ、ちょっと寝坊しちゃって、」
肩で息をしながら答える。
「その割にクマが酷くないか?顔色も悪いぞ。大丈夫か?」
翔太さんは近づいてきて、私の顔を覗き込み、心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫です、」
無理やり笑顔を作ろうとしたが、昨日の姉の言葉が不意に頭をよぎってうまく笑えない。
『アンタ本当に笑うと気持ち悪い』
何度も言われた言葉だけど今日はやけに胸に重くのしかかる。
「あの、翔太さんもう私行かないと、すみません」
頭を下げて、再び走り出そうとすると、腕を掴まれて引き止められた。
「アイ、これ持ってけ」
そう言って翔太さんが差し出したのは茶色の封筒だった。
「なんですか?これ」
表に何も書いていなく、薄くて中の見当がつかないそれに首をかしげると、翔太さんは私の手に置いた。
翔太さんの顔を見ながら恐る恐る封筒から中の物を取り出すと、それの正体は2枚の1万円札だった。
「な、なんでこれ」
動揺しつつ、それを翔太さんに押し返そうとすると、翔太さんも対抗するように後ろに下がった。
「ごめんな、気がつかなくて。スタジオ借りたりするとお金かかるよな。お前のことだからあいつらに申し訳ないとかいる意味がないとか思っちゃってんだろ」
心から申し訳なさそうに眉毛を下げてそう話す翔太さんに黙り込むことしかできない私。
翔太さんは私の頭にポンと手を置いていつものようにわしゃわしゃと撫でた。
「これはお前にやったんだから返す必要ないからな。それから困ったら俺をすぐ頼れ。な?」
「…すみませっ」
謝る私の声を遮って翔太さんは笑って言う。
「謝るなって。ほら学校大遅刻だろ!急げ!」
無理やり背中を押し出され、おぼつかない足のままに学校に向かって走る。
振り返ると翔太さんは笑顔で手を大きく振っていた。
走りながら鞄に封筒を入れる。
制服のポケットに手を入れると姉から貰った千円札の感触を指を伝って感じる。
千円札を握りしめると手汗で少し湿る。
息が少し苦しい。
最近は学校と家の距離なんかへっちゃらだったのに。
「ハァッハアッハアッ」
昇降口のところで膝に手のひらをついて息を整える。
姉の顔と翔太さんの顔が交互に浮かぶ。
私は1人で生きていくことどころか他人に迷惑をかけて助けてもらってしか生きられない。
翔太さんは頼れと言ってくれたけどそういうわけにはいかない。
翔太さんにも守るべきもの大切なものがある。
大体、私は高校を卒業したら自立していけるなんて思い込んでいたが、その保証が一体どこにあるのだろう。
卒業しても家に閉じ込められるかもしれない。
そうなればバンドなんて続けられない。