キミと歌う恋の歌
一曲目のイントロが流れ始め、ふーっと深く息を吐き肩を回しつつ、足を肩幅くらいに開く。
ここ最近は落ち着いて歌えるようになってきていたのに、どうしてだろう。
心臓が落ち着かない。
ああ出だしで上手く声が出なかった。
喉が少しいつもより締まっている。
思うように声が出ない。
落ち着け、
大丈夫だ。
そんなふうに言い聞かせても緊張が自分の思い通りにほぐれるわけではなく、スタンドマイクを握る手は酷く湿っていた。
音程はしっかり取れてる。
いや、少しズレてるか、
テンポも早どりになってしまっている気がする。
音をしっかり聞かなきゃ。
落ち着いて、
そうだ、
表情も意識しないと。
これは明るい曲だから笑っておけばいいんだろうか。
でも私が笑ったところで見ている人は苛立つだけなのではないだろうか。
いや、今はとにかく笑っておこう。
私、上手く笑えている?
そんな調子はラストの曲まで直らなかった。
落ち着かなければ、上手くやらなければと思えば思うほどに焦ってしまって、自分でも酷い出来なのがよくわかった。
曲を終え、前にいる翔太さんの顔を見るとも後ろを振り向くのも嫌だった。
額にかかる冷や汗のようなものを拭うふりで必死に顔を隠していた。
「うん、いいじゃん。かっけーよお前ら」
酷評されると思っていたのに、翔太さんは軽い口調でそう言った。
私に気を遣っているんだ。
翔太さんの言葉が偽りなことくらい自分だもよくわかっていた。
現に他のメンバーが押し黙っているのがその証拠だった。
私は何も言えなかった。
「あーとりあえず今日はこれで終わりだな時間的に。ソウジバイトだろ?」
「ああ」
「片付けるかー」
気まずい沈黙を破ったのはレオで、それぞれの楽器の片付けが始まった。
誰も何も言わない雰囲気に逃げ出したくて堪らなかった。
だが、突然翔太さんに「アイ!」と名前を呼ばれた。
「は、はい」
驚きつつも返事をすると、
「お前片付けるものないよな、ちょっと悪いけどそこの荷物運ぶの手伝ってもらってもいいか?」
断る理由はどこにもない。
頷きながら翔太さんに次いでドアを出ると、出てすぐに段ボール箱が二つ重ねて置いてあった。
「上のやつが軽いから、アイはそっちを頼む」
「はい」
持ち上げると、中に何も入ってないのを疑うレベルで軽かった。
翔太さんが売り場の方を指さしたので、そっちに向かって歩いて行く。
「お金のこと気にしてんのか?」
後ろからそんな言葉が飛んできた。
翔太さんの声は穏やかだった。
つい立ち止まってしまう。
その間にもう一つの段ボールを抱えた翔太さんが前に来て、私の顔を見て溶けるような笑顔を浮かべた。
「なんて顔してんだよ」
そんなにおかしな顔を私は今してるのだろうか。
「朝も言ったろ?何も気にするなって。お前が今まで通りに歌ってくれない方が寂しいよ俺は」
「ありがとうございます…」
「あいつらもたぶん心配してるからさ。しっかり元気になって明日からまたバリバリ歌えよ?」
「…はい、頑張ります」
定型分のような返事しか返せない私よりロボットの方がまだ愛嬌があって可愛いんじゃないだろうか。
そんな風に堂々巡りの頭の中に光が差し込むのはいつになるのだろう。
「ほら段ボールもうちょっと頼むな」
私の言葉に満足はいってないのだろう。
困ったように翔太さんは微笑んで先に歩き始めた。
が、ちょっと進んだところでまた立ち止まった。
振り返った翔太さんはさっきまでと違って慎重な面持ちで迷うように言葉を押し出した。
「家でなんかあったわけじゃないよな?」
バイトさせてもらえなくて、お金を貰うために夜中ずっと一歩も動かず立ってたんだけど貰えなかったんだ
そんなこと言っても一体何になるんだろう。
翔太さんの心に重石を乗せてしまうだけだ。
「何もないです、心配してくれてありがとう翔太さん」
私はそう返すしかないのだ。
ここ最近は落ち着いて歌えるようになってきていたのに、どうしてだろう。
心臓が落ち着かない。
ああ出だしで上手く声が出なかった。
喉が少しいつもより締まっている。
思うように声が出ない。
落ち着け、
大丈夫だ。
そんなふうに言い聞かせても緊張が自分の思い通りにほぐれるわけではなく、スタンドマイクを握る手は酷く湿っていた。
音程はしっかり取れてる。
いや、少しズレてるか、
テンポも早どりになってしまっている気がする。
音をしっかり聞かなきゃ。
落ち着いて、
そうだ、
表情も意識しないと。
これは明るい曲だから笑っておけばいいんだろうか。
でも私が笑ったところで見ている人は苛立つだけなのではないだろうか。
いや、今はとにかく笑っておこう。
私、上手く笑えている?
そんな調子はラストの曲まで直らなかった。
落ち着かなければ、上手くやらなければと思えば思うほどに焦ってしまって、自分でも酷い出来なのがよくわかった。
曲を終え、前にいる翔太さんの顔を見るとも後ろを振り向くのも嫌だった。
額にかかる冷や汗のようなものを拭うふりで必死に顔を隠していた。
「うん、いいじゃん。かっけーよお前ら」
酷評されると思っていたのに、翔太さんは軽い口調でそう言った。
私に気を遣っているんだ。
翔太さんの言葉が偽りなことくらい自分だもよくわかっていた。
現に他のメンバーが押し黙っているのがその証拠だった。
私は何も言えなかった。
「あーとりあえず今日はこれで終わりだな時間的に。ソウジバイトだろ?」
「ああ」
「片付けるかー」
気まずい沈黙を破ったのはレオで、それぞれの楽器の片付けが始まった。
誰も何も言わない雰囲気に逃げ出したくて堪らなかった。
だが、突然翔太さんに「アイ!」と名前を呼ばれた。
「は、はい」
驚きつつも返事をすると、
「お前片付けるものないよな、ちょっと悪いけどそこの荷物運ぶの手伝ってもらってもいいか?」
断る理由はどこにもない。
頷きながら翔太さんに次いでドアを出ると、出てすぐに段ボール箱が二つ重ねて置いてあった。
「上のやつが軽いから、アイはそっちを頼む」
「はい」
持ち上げると、中に何も入ってないのを疑うレベルで軽かった。
翔太さんが売り場の方を指さしたので、そっちに向かって歩いて行く。
「お金のこと気にしてんのか?」
後ろからそんな言葉が飛んできた。
翔太さんの声は穏やかだった。
つい立ち止まってしまう。
その間にもう一つの段ボールを抱えた翔太さんが前に来て、私の顔を見て溶けるような笑顔を浮かべた。
「なんて顔してんだよ」
そんなにおかしな顔を私は今してるのだろうか。
「朝も言ったろ?何も気にするなって。お前が今まで通りに歌ってくれない方が寂しいよ俺は」
「ありがとうございます…」
「あいつらもたぶん心配してるからさ。しっかり元気になって明日からまたバリバリ歌えよ?」
「…はい、頑張ります」
定型分のような返事しか返せない私よりロボットの方がまだ愛嬌があって可愛いんじゃないだろうか。
そんな風に堂々巡りの頭の中に光が差し込むのはいつになるのだろう。
「ほら段ボールもうちょっと頼むな」
私の言葉に満足はいってないのだろう。
困ったように翔太さんは微笑んで先に歩き始めた。
が、ちょっと進んだところでまた立ち止まった。
振り返った翔太さんはさっきまでと違って慎重な面持ちで迷うように言葉を押し出した。
「家でなんかあったわけじゃないよな?」
バイトさせてもらえなくて、お金を貰うために夜中ずっと一歩も動かず立ってたんだけど貰えなかったんだ
そんなこと言っても一体何になるんだろう。
翔太さんの心に重石を乗せてしまうだけだ。
「何もないです、心配してくれてありがとう翔太さん」
私はそう返すしかないのだ。