キミと歌う恋の歌
教頭先生は何も言わずに帰り道に付き添ってくれた。
自分が今どこにいるのかもよくわからなかったのですごく助かった。
20分弱ゆっくり歩いて見慣れた学校とその先の商店街にたどり着き、ここで大丈夫だと一旦断ったが、もう外は暗いからと翔太さんのお店まで送り届けてくれた。
恐る恐る店の扉を開くと、扉についた鈴が音を鳴らし、翔太さんが奥から顔を出した。
「アイ!お前どこに行ってたんだよ!心配してたんだぞ」
焦った表情で駆け寄ってきた翔太さんは、私の顔を見て安心したようにため息を深くついた。
「ごめんなさい翔太さん。心配かけちゃって」
その先も言葉を続けようとしたが、翔太さんと視線が合っていないことに気づいた。
視線を辿ると、その先にいるのは教頭先生で、翔太さんは目を見開いて先生を凝視していた。
「え、坂口先生?!なんで!」
「あれ、君はえっと」
「岩井です!岩井翔太です!野球部の!」
「そうだ!岩井くんだ!うわー久しぶりだなあ。そうか、君はここの息子さんだったな〜元気にしてたか?」
「はい!なんとかやってます!先生もしかしてまた北高に戻ってきてたんですか?」
「ああ。今は教頭をしているんだよ」
「そうなんですか!まさか戻ってきたなんて」
お互いに顔を輝かせて、手を取り合って盛り上がる2人の姿に呆気にとられていると、翔太さんがこっちを見た。
「あーアイわりい、坂口先生は高校3年間俺のクラスの担任だったんだよ」
「え、そうなんですか。」
「そうそう。10年前にも北高で教師をしていてね、岩井くんはクラスの人気者だったよ」
「え!翔太さんも北高だったんですか?」
「あれ言ってなかったっけ?そりゃあこんな近所だし迷いなく行ったさ」
「そうだったんだ…2人がお知り合いだったなんて驚きました」
「戸田さんと岩井くんはどういった関係なんだ?」
教頭先生が私たち2人を見比べるようにして尋ね、私はすぐに答えられず押し黙った。
なんと言えば…
迷っている間に、翔太さんは私の頭に手を置いて答えた。
「妹みたいなもんです。近所なんでこいつが小さい頃から知ってるんすよ。それこそ俺が高校の頃に初めて話したよな?」
「あ、確かに」
朧げな記憶だが、思い返すと翔太さんは北高の制服を着ていたような気がする。
「へー!そうなのか。教え子同士が知り合いというのはすごく嬉しいなあ。じゃあここで戸田さんたちも練習してるのかい?」
「あ、はい」
「アイの歌のすごさを最初に見つけたのは俺なんすよ!」
「そうか!おかげさまで学校中で戸田さんの歌は話題になってるよ」
「そりゃ嬉しいな、アイ!」
「はい」
「岩井くんも文化祭に来るのかい?」
「もちろん!最後までしっかり見届けますよ。」
「ほうそれは君たちも心強いな」
教頭先生からニコリと笑いかけて、慌てて頭を縦に大きく振った。
先生はチラリと腕時計を確認して、「ああそろそろ行かないと」と呟いた。
「引き止めてすみません」
「そんなことないよ。久しぶりに岩井くんと話せてよかったよ。文化祭でまた会えるのを楽しみにしてるよ」
「うす!」
「あの、教頭先生、色々ありがとうございました。いつもご迷惑かけてすみません」
「教師とは生徒の力に慣れてこそ喜びを感じるものだよ。それに僕は迷惑なんて少しも思ってないからね。文化祭楽しみにしてるよ」
嘘偽りないと心から信じられるそのまっすぐな瞳に、今度こそ私は全力で返事をできる。
私の姿に先生は微笑んで、店を後にした。
「いやーまさか坂口先生が教頭になって北高に戻ってきてるとはなー。先生なあ怒ったらめちゃくちゃ怖いんだぜ?」
「え、そうなんですか…穏やかなところしか見たことない…」
「ハハ、まあ俺も高校の時は悪さして迷惑かけまくってたからなー。本当に坂口先生には感謝してるんだよ」
翔太さんは思い出を一つ一つそっと取り出して丁寧に磨いてまた大事に仕舞うように楽しそうに話していた。
出会ったばかりの頃は尖った表情をしていた翔太さんが制服から卒業するまでの間にどんどん柔らかい表情になっていったのを覚えている。
翔太さんの中で忘れられない青春の1ページに濃ゆく教頭先生のことが刻まれているんだろう。
私の知らない翔太さんの姿が垣間見えてなんだか嬉しかった。
「いいですね。素敵です」
安直な言葉を呟いてしまったが、翔太さんはニコッと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「ところでアイ、大丈夫か?突然飛び出してってさ、お前絶対前より足速くなってるよな。全く追いつけなかったから、あいつらのところに飛び込んだらとんでもねえ修羅場になってるし」
「しゅ、修羅場?あの、みんなはどこに、」
「もう帰ったよ」
「…やっぱり怒ってますよね…」
「違う違う、レオがアイに合わす顔がねえってめちゃくちゃ落ち込んでさ。タカが連れて帰るっつって、まあメルも1人では帰れないからな。ソウジはまあ通常運転だったなあいつだけ」
「なんで、レオが落ち込んで…」
「すごかったぞー。俺が部屋に飛び込んだ瞬間タカがレオの頬を拳で殴って、すぐ後にメルが逆の頬に平手打ちしてさ。メルは泣きながら怒ってるし、タカも本気でキレて何も喋らねえし…。レオは放心してるし、もうカオスで宥めるのに結構時間かかったよ」
意味がわからない。
レオの怒る意味は何も間違ってなかったし、
勝手に飛び出してみんなに迷惑をかけたのは私だ。
なのに、レオに対してみんなが怒るだなんてお門違いというやつなのではないか。
考え込んでると、翔太さんが「立って話すことでもないな、」と笑って、店の中のソファーを指さしたので、座らせてもらった。
柔らかいクッションが体を包み込む。
翔太さんは向かいのソファーに座って、私の目を見て一言ポツリと言った。
「お前なんかいらない、ってレオが言ったんだって?」
ああそうだ。
私はその言葉で頭が真っ白になって飛び出してきたんだった。
「いやでも…言われて当然だったし」
首を振りながらそう答えると、翔太さんは目にかかる黒髪をかき上げながら、深く息を吐いた。
「どんな事情があったにしろ、バンドのメンバーに対してそれは絶対言っちゃダメだった。
だから、タカとメルは怒ったし、レオは反省してる。
お前は怒ったっていいんだよ」
「でも、私が上手くできなくて、それをみんなに相談一つしなかったのが一番悪いし」
「うん、確かにそれも悪かったと思うよ。でもな、いくら仲良くても、腹が立つことがあっても、言っちゃいけない線引きはあるんだよ。
だってレオがいらないって言って、お前が本当にいなくなったら?
みんなが悲しむだろ。なんであんな言葉を言ってしまったんだって一生反省するだろ?」
「…」
「まあ、これからわかっていくさ。とにかく今回の件はレオが全面的に悪い。その証拠にほらこれ。」
何も言えなくなってしまった私の前に翔太さんは何かを差し出した。
受け取るとそれは広告のチラシだった。
なんだこれはと首を傾げながら裏返すと、そこには太いペン字ででかでかと文字が書いてあった。
『アイへ、本当にごめん。反省します。どうか戻ってきてください。玲央』
ついクスッと吹き出してしまった。
「笑えるだろ、あいつ半泣きの顔でこれ書いて俺に渡してトボトボ帰ってったんだぜ。帰りも相当あいつらに絞られてるんだろうな」
チラシの字は私の知っているレオとはかけ離れたほど自信を失ったようなヘナヘナの文字だった。
普段の字とも全然違う。
翔太さんの言葉はその通りなんだと思う。
親しき仲にも礼儀ありというやつで、レオの言葉は行き過ぎだったのかもしれない。
だけど、これまで人間関係を維持してきた経験がほとんどない私にはいまいちその感覚が掴めないし、どうしたって悪いことをしたのは自分だって思ってしまう。
私も悪いことは間違いないし。
それでも、私はまだ完全に彼らに拒絶されてしまったわけではないことにほっと胸を撫で下ろすので精一杯だった。
チラシの裏のメッセージに安心していると、ポケットの中で携帯が揺れた。
珍しいなと思って開くと、メールが一件届いている。
メールの中を確認すると、差出人はレオで、要件はびっくりするほど長文の謝罪の言葉が綴られていた。
「レオか?」
翔太さんに尋ねられて頷く。
「はい。すごい長いメール」
「電話するって言ってたのに、勇気なくしたんだろうな。あいついっつも自信たっぷりなくせに意外と小心者だからなー」
翔太さんは苦笑いしながらそう言った。
どれほどスクロールしても終わりの見えないので、一旦家に帰ってからゆっくり読んで返事をしようと携帯を閉じると、翔太さんは真剣な顔をしていた。
「アイ、あと1日じゃもう無理だと思うか?」
悩む時間なんて必要なかった。
「いや、やります。絶対に最高の本番にします。ここで辞めたら私はもう一生自分を許せなくなってしまう」
「そっか、よかった。」
翔太さんはソファーの背もたれにガバッともたれかかって顔を上に向けた。
「俺もお前は絶対大丈夫だって信じてる。きっとあいつらも、あっそれと坂口先生もな」
これまでどれだけ教頭先生と翔太さんに救われてきただろう。
バンドに出会うまで私の唯一の味方でいてくれた。
2人にここまで言われて、諦めるなんて許されない。
今はまだ彼らにふさわしくなかったとしても、今の私をみんなは認めて、期待してくれているんだ。
気負う必要なんて初めからなかった。烏滸がましいにも程がある。
今の私にできることを全力で表現しよう。
余計なことで悩むのは明後日が終わってからでいい。
とにかく頑張ろう、
頑張ろう。
自分が今どこにいるのかもよくわからなかったのですごく助かった。
20分弱ゆっくり歩いて見慣れた学校とその先の商店街にたどり着き、ここで大丈夫だと一旦断ったが、もう外は暗いからと翔太さんのお店まで送り届けてくれた。
恐る恐る店の扉を開くと、扉についた鈴が音を鳴らし、翔太さんが奥から顔を出した。
「アイ!お前どこに行ってたんだよ!心配してたんだぞ」
焦った表情で駆け寄ってきた翔太さんは、私の顔を見て安心したようにため息を深くついた。
「ごめんなさい翔太さん。心配かけちゃって」
その先も言葉を続けようとしたが、翔太さんと視線が合っていないことに気づいた。
視線を辿ると、その先にいるのは教頭先生で、翔太さんは目を見開いて先生を凝視していた。
「え、坂口先生?!なんで!」
「あれ、君はえっと」
「岩井です!岩井翔太です!野球部の!」
「そうだ!岩井くんだ!うわー久しぶりだなあ。そうか、君はここの息子さんだったな〜元気にしてたか?」
「はい!なんとかやってます!先生もしかしてまた北高に戻ってきてたんですか?」
「ああ。今は教頭をしているんだよ」
「そうなんですか!まさか戻ってきたなんて」
お互いに顔を輝かせて、手を取り合って盛り上がる2人の姿に呆気にとられていると、翔太さんがこっちを見た。
「あーアイわりい、坂口先生は高校3年間俺のクラスの担任だったんだよ」
「え、そうなんですか。」
「そうそう。10年前にも北高で教師をしていてね、岩井くんはクラスの人気者だったよ」
「え!翔太さんも北高だったんですか?」
「あれ言ってなかったっけ?そりゃあこんな近所だし迷いなく行ったさ」
「そうだったんだ…2人がお知り合いだったなんて驚きました」
「戸田さんと岩井くんはどういった関係なんだ?」
教頭先生が私たち2人を見比べるようにして尋ね、私はすぐに答えられず押し黙った。
なんと言えば…
迷っている間に、翔太さんは私の頭に手を置いて答えた。
「妹みたいなもんです。近所なんでこいつが小さい頃から知ってるんすよ。それこそ俺が高校の頃に初めて話したよな?」
「あ、確かに」
朧げな記憶だが、思い返すと翔太さんは北高の制服を着ていたような気がする。
「へー!そうなのか。教え子同士が知り合いというのはすごく嬉しいなあ。じゃあここで戸田さんたちも練習してるのかい?」
「あ、はい」
「アイの歌のすごさを最初に見つけたのは俺なんすよ!」
「そうか!おかげさまで学校中で戸田さんの歌は話題になってるよ」
「そりゃ嬉しいな、アイ!」
「はい」
「岩井くんも文化祭に来るのかい?」
「もちろん!最後までしっかり見届けますよ。」
「ほうそれは君たちも心強いな」
教頭先生からニコリと笑いかけて、慌てて頭を縦に大きく振った。
先生はチラリと腕時計を確認して、「ああそろそろ行かないと」と呟いた。
「引き止めてすみません」
「そんなことないよ。久しぶりに岩井くんと話せてよかったよ。文化祭でまた会えるのを楽しみにしてるよ」
「うす!」
「あの、教頭先生、色々ありがとうございました。いつもご迷惑かけてすみません」
「教師とは生徒の力に慣れてこそ喜びを感じるものだよ。それに僕は迷惑なんて少しも思ってないからね。文化祭楽しみにしてるよ」
嘘偽りないと心から信じられるそのまっすぐな瞳に、今度こそ私は全力で返事をできる。
私の姿に先生は微笑んで、店を後にした。
「いやーまさか坂口先生が教頭になって北高に戻ってきてるとはなー。先生なあ怒ったらめちゃくちゃ怖いんだぜ?」
「え、そうなんですか…穏やかなところしか見たことない…」
「ハハ、まあ俺も高校の時は悪さして迷惑かけまくってたからなー。本当に坂口先生には感謝してるんだよ」
翔太さんは思い出を一つ一つそっと取り出して丁寧に磨いてまた大事に仕舞うように楽しそうに話していた。
出会ったばかりの頃は尖った表情をしていた翔太さんが制服から卒業するまでの間にどんどん柔らかい表情になっていったのを覚えている。
翔太さんの中で忘れられない青春の1ページに濃ゆく教頭先生のことが刻まれているんだろう。
私の知らない翔太さんの姿が垣間見えてなんだか嬉しかった。
「いいですね。素敵です」
安直な言葉を呟いてしまったが、翔太さんはニコッと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「ところでアイ、大丈夫か?突然飛び出してってさ、お前絶対前より足速くなってるよな。全く追いつけなかったから、あいつらのところに飛び込んだらとんでもねえ修羅場になってるし」
「しゅ、修羅場?あの、みんなはどこに、」
「もう帰ったよ」
「…やっぱり怒ってますよね…」
「違う違う、レオがアイに合わす顔がねえってめちゃくちゃ落ち込んでさ。タカが連れて帰るっつって、まあメルも1人では帰れないからな。ソウジはまあ通常運転だったなあいつだけ」
「なんで、レオが落ち込んで…」
「すごかったぞー。俺が部屋に飛び込んだ瞬間タカがレオの頬を拳で殴って、すぐ後にメルが逆の頬に平手打ちしてさ。メルは泣きながら怒ってるし、タカも本気でキレて何も喋らねえし…。レオは放心してるし、もうカオスで宥めるのに結構時間かかったよ」
意味がわからない。
レオの怒る意味は何も間違ってなかったし、
勝手に飛び出してみんなに迷惑をかけたのは私だ。
なのに、レオに対してみんなが怒るだなんてお門違いというやつなのではないか。
考え込んでると、翔太さんが「立って話すことでもないな、」と笑って、店の中のソファーを指さしたので、座らせてもらった。
柔らかいクッションが体を包み込む。
翔太さんは向かいのソファーに座って、私の目を見て一言ポツリと言った。
「お前なんかいらない、ってレオが言ったんだって?」
ああそうだ。
私はその言葉で頭が真っ白になって飛び出してきたんだった。
「いやでも…言われて当然だったし」
首を振りながらそう答えると、翔太さんは目にかかる黒髪をかき上げながら、深く息を吐いた。
「どんな事情があったにしろ、バンドのメンバーに対してそれは絶対言っちゃダメだった。
だから、タカとメルは怒ったし、レオは反省してる。
お前は怒ったっていいんだよ」
「でも、私が上手くできなくて、それをみんなに相談一つしなかったのが一番悪いし」
「うん、確かにそれも悪かったと思うよ。でもな、いくら仲良くても、腹が立つことがあっても、言っちゃいけない線引きはあるんだよ。
だってレオがいらないって言って、お前が本当にいなくなったら?
みんなが悲しむだろ。なんであんな言葉を言ってしまったんだって一生反省するだろ?」
「…」
「まあ、これからわかっていくさ。とにかく今回の件はレオが全面的に悪い。その証拠にほらこれ。」
何も言えなくなってしまった私の前に翔太さんは何かを差し出した。
受け取るとそれは広告のチラシだった。
なんだこれはと首を傾げながら裏返すと、そこには太いペン字ででかでかと文字が書いてあった。
『アイへ、本当にごめん。反省します。どうか戻ってきてください。玲央』
ついクスッと吹き出してしまった。
「笑えるだろ、あいつ半泣きの顔でこれ書いて俺に渡してトボトボ帰ってったんだぜ。帰りも相当あいつらに絞られてるんだろうな」
チラシの字は私の知っているレオとはかけ離れたほど自信を失ったようなヘナヘナの文字だった。
普段の字とも全然違う。
翔太さんの言葉はその通りなんだと思う。
親しき仲にも礼儀ありというやつで、レオの言葉は行き過ぎだったのかもしれない。
だけど、これまで人間関係を維持してきた経験がほとんどない私にはいまいちその感覚が掴めないし、どうしたって悪いことをしたのは自分だって思ってしまう。
私も悪いことは間違いないし。
それでも、私はまだ完全に彼らに拒絶されてしまったわけではないことにほっと胸を撫で下ろすので精一杯だった。
チラシの裏のメッセージに安心していると、ポケットの中で携帯が揺れた。
珍しいなと思って開くと、メールが一件届いている。
メールの中を確認すると、差出人はレオで、要件はびっくりするほど長文の謝罪の言葉が綴られていた。
「レオか?」
翔太さんに尋ねられて頷く。
「はい。すごい長いメール」
「電話するって言ってたのに、勇気なくしたんだろうな。あいついっつも自信たっぷりなくせに意外と小心者だからなー」
翔太さんは苦笑いしながらそう言った。
どれほどスクロールしても終わりの見えないので、一旦家に帰ってからゆっくり読んで返事をしようと携帯を閉じると、翔太さんは真剣な顔をしていた。
「アイ、あと1日じゃもう無理だと思うか?」
悩む時間なんて必要なかった。
「いや、やります。絶対に最高の本番にします。ここで辞めたら私はもう一生自分を許せなくなってしまう」
「そっか、よかった。」
翔太さんはソファーの背もたれにガバッともたれかかって顔を上に向けた。
「俺もお前は絶対大丈夫だって信じてる。きっとあいつらも、あっそれと坂口先生もな」
これまでどれだけ教頭先生と翔太さんに救われてきただろう。
バンドに出会うまで私の唯一の味方でいてくれた。
2人にここまで言われて、諦めるなんて許されない。
今はまだ彼らにふさわしくなかったとしても、今の私をみんなは認めて、期待してくれているんだ。
気負う必要なんて初めからなかった。烏滸がましいにも程がある。
今の私にできることを全力で表現しよう。
余計なことで悩むのは明後日が終わってからでいい。
とにかく頑張ろう、
頑張ろう。