キミと歌う恋の歌
今日は1日授業はなく、全ての時間が文化祭の準備に充てられる予定だった。

展示物の作成しかできない一年生はどのクラスもやる気がなくて、いかに効率よく楽してミッションを達成するかで競っているようなものだったのに、私のクラスはどこか空気が違った。

積極的な子たちが発起人となってどうせならすごいものを作ろうとやる気を出して、大きな花のオブジェを作ることになったのだ。
段ボールをいくつも重ねて木の部分を作り、折り紙を使って色とりどりの花を表現する。
そんな作業は他のクラスに比べてだいぶ労力がかかった。
当日を明日に控えた今日もまだ全部が完成しておらず、クラスメイトの大半は折り紙を折りつづけていた。


「上野ーこれバランス悪くて傾くんだけどどうしたらいいと思う?」


「あー重石を増やさないとだな。なんか使えそうなもの探しに行くか」


レオは初めは指示される側の人間だったのに、なぜか頼られていて、いつの間にか中心メンバーになっていた。
いつもそうだ。
レオとは小学生からの仲だけど、カリスマ性があって本人にその気が無くても人を寄せ付けてしまう。

男子たちを引き連れて教室を出ていくレオの後ろ姿を眺めながら、私は懸命にピンクの折り紙を折り続けた。


ひたすらにその作業を続けていると、いつの間にかお昼の時間になっていて完成まであと一歩だと言うところまで来ていた。
その完成度の高さに教室中で歓声が漏れたところで、それまで集中しすぎてアイのことが頭から消えていたことに気づく。


流石にもう登校してきているだろう。
もう十分すぎるくらい折り紙は折ったし、一旦離脱したっていいよねと自分で折り合いをつけ、教室を出た。

廊下に出ると通るのも大変なほど、展示物や道具で溢れかえっていて、細心の注意を払いながら歩き始めたところで、前から知った顔がこちらに向かってきているのに気づいた。


「ソウジ…」


その後ろを確認したが、アイらしき人影はない。

こっちに来るならアイを連れてくればいいのに、心の中で文句を言いながら、私は歩みを止め、ソウジが来るのを待った。


「あ、メル。ソウジもいるじゃん。なあアイは?来てる?」


ちょうどソウジが到着したくらいにレオも教室からひょこっと顔を出して、勢いよく聞いた。

私が聞きたかったのに。


だけどソウジは不機嫌そうな顔で首を振った。


「あいつ休みらしい。体調不良だと」


「え、ソウジが聞いたのか?」


「担任が言ってた」


「なんでよ、まだメールも帰ってきてないのに、」


想像していなかった言葉に私もレオもがっくりと肩を落とした。
スマホを取り出してメールのアプリを更新しても新たなメールは見つからない。


どうしてなの?アイ。
友達なんだからなんでも言ってくれたらいいのに。


スマホにうつった指紋の跡をスカートで拭いて消す。


「どうする?ボーカル不在でリハーサルするのか?」


ソウジがかかとを小刻みに上下させて苛立ちを隠さずに言った。


「…とにかく俺たちだけでもやっとかないと、」


私と同じくらい驚いて焦っているであろうレオが必死で取り繕いながら返事をしているのを見て、再びメールアプリを開いた。


「私もう一回、アイにメール送ってみる」


「あ、ああ。頼む」


レオが頷いて、作成画面を開く。
要件に大丈夫?と打ち込んで、内容には体調を心配していること、連絡を返してほしいことを書いておいた。
そのまま送信して、うちの教室でレオとソウジとお昼を食べながら返事を待っていた。
机や椅子を全て教室から出してしまっているので、直接床に座って遠足のような気分で食べたが、料理が得意なお母さんの作ったお弁当の味が今日はあまりしなかった。

誰もあまり喋らなくて、喧嘩中のような静かな昼食だったが、突然軽快な音楽が横切った。
ポケットの中で振動がする。

どきどきしながら、スマホを見ると、差出人にアイの名前があった。


「アイから返事きた!」


思わず教室中に響くような声でスマホを掲げてしまい、注目を浴びてしまった。
恥ずかしくて頭を下げながら、メールアプリをタップすると、一番上にアイの名前がある。
上にのしかかるようにしてレオが覗き込んでくるので、重さに呻きながらアイの返事をタップすると、


『大丈夫だよ!心配かけてごめんね(._.)明日は絶対行くね!!』


「…なんか大丈夫そうだな、よかった」

しばらくの沈黙の後、私に乗っかったままで安心したような声を漏らしているレオの下で私は何か違和感を感じていた。


私の手からひょいっとスマホを奪い去り、今度はソウジがメールに目を通している。


「呑気なやつだな。自分が迷惑かけてると気づいてないのかよ」


「そうだよ。それだよ」


ソウジの嫌味たっぷりの言葉に無意識のうちに私は同意をしていた。
はっと気づいて、2人の顔を見ると驚いたような顔をしている。


「お前散々俺に当たり散らかしてたくせに。さすがに限界迎」


「違う。そういうことじゃなくて、このメールなんかおかしいの」


満足げに語るソウジを無視して、奪い返したスマホの画面をもう一度しっかり見た。
一文字残さずじっくり見て、それでもやっぱり私は確信を持って言える。


「これ絶対アイが考えた文章じゃない」


「は?お前何言ってんだよ」


「どういうことだよ。アイじゃないってそんなのメールの文章なんかでわかるわけないだろ」


2人が口々に詰め寄ってくるが、負ける気がしない。


「ううん、わかるよ。まず、ソウジがさっき言ったようにアイがリハーサル当日に休んでおいて、こんなに軽い謝罪で済ませるわけがない。うんざりするほど長い文章で謝ってくる子だよあの子は。それに、そもそも休むこと自体おかしいと思わない?あのアイだよ。高熱があっても這いつくばってでも来そうじゃない?」


「それは、確かに…」


戸惑っていたレオも考え込むように顎に手を置いて頷いている。
ソウジも反論しそうな様子はない。


「それでこのメール。アイはこんなラフな感じでメールを書かない。私が何度言ってもいつも業務連絡みたいな文章で、顔文字なんか使ったことない。だから、これ絶対おかしいよ」


今だけは探偵にでもなれそうな気分だ。
複数の根拠を集めて、結論を導き出す。
だけど、私は本当の意味の結論には辿り着けていなかった。


「じゃあ、一体誰がこんなメールを送ったって言うんだよ」


レオが自問自答のようなか細い声で頭を抱えながらポツリと言った。
その通りだ。
明らかにアイの考えた文章ではないことだけはわかるが、なぜ、誰が、一体何の目的でこんなことをしたのかは全くわからない。
そしてアイ本人は、今何をしているんだろうか。


不穏な空気に次の言葉が出てこない。


「おーお前ら。全員一緒だなよかった」


重苦しい空気を壊したのは突然教室に入ってきたタカちゃんだった。


「翔太がもうちょっとしたらドラム持っていけるってよー。そろそろ体育館に、あれ、どうしたお前らなんか空気悪くね?てかアイは?」


最初は私たちの雰囲気に気づかず、喋り続けていたが、途中でさすがに気づいたのか畳み掛けるように尋ねてきた。


「とりあえず翔太に聞こう。昨日アイの様子とか」


タカちゃんの問いかけを無視して、というか聞こえていないのか、神妙な面持ちでそう言ったレオに私も大きく頷いた。

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