キミと歌う恋の歌
翔太さんを見送った後は、一旦各自クラスに戻って、私とレオは相変わらずオブジェの最終調整に励んだ。

リハーサルの時間になると、クラスメイトたちは快く送り出してくれて、再び体育館に向かった。

実行委員の人たちと打ち合わせをした後で、何度か機材の移動の練習をして、実際のリハーサル演奏に移った。


だが、リハーサルの出来は酷いものだった。
正直今まででワーストだったかもしれない。
実行委員の人たちも舞台袖で苦笑いをしていた。

ソウジ以外私も含めて全員の演奏がボロボロだった。
でも仕方ないじゃないか。
あんな風に含みのある言い方をされたまま、お預けされてしまったら、気になってしまって演奏に集中できるはずがない。

タカちゃんのドラムはリズムが全く安定していなかったし、
私のキーボードもミスタッチばかりだった。
そして誰もが認める音楽の天才であるレオまでもがソロパートで何度もつまずき、指がもたついて、悔しそうな顔を見せていた。

ソウジが爆発するのを覚悟していた。


だけどリハーサルが終わった後、思いの外ソウジは静かで、何も言わなかった。
もはや諦めの境地に達しているのかもしれない。

だけど、アイさえいれば、アイさえ万全の状態で戻ってきてくれたら私たちはきっと大丈夫だって信じてる。
だから何より今は翔太さんの話を聞かなくてはならないのだ。


ホームルームのため再び教室に戻ると、オブジェは完全に仕上がっていて、ホームルームさえ終われば、すぐに帰れる状態だった。
ソウジのクラスは早々に終わってたらしいが、2年のタカちゃんはまだ完全にクラスの作業が終わっておらず、30分ほど待ってようやく合流できた。
そのままの足で私たちは翔太さんの店を訪れた。


「おー来たな」


出迎えてくれた翔太さんはいつものような笑顔ではなかった。
翔太さんからここまであからさまに元気を奪うようなアイの話とは一体何なのだろう。


翔太さんは裏からお母さんを呼んで、店番を頼み、私たちを得意先の人らと普段取引をする時に使っているという応接室に連れて行った。

中に入ると、ソファーが向かい合う形で2つと間にローテーブルが置かれていた。

座ってくれと言われ、私とレオとソウジが奥の方のソファーに腰掛け、タカちゃんと翔太さんが手前の方に腰掛けた。


「一体なんなんだよ、こんなに勿体ぶって」


ソウジが不満げに言いながら、足を組んで翔太さんを見た。

私たちも釣られて翔太さんの方に視線を集める。

全方向から視線を浴びる翔太さんは両手の指を絡めてしばらく視線を落として床を凝視していたが、重い口を開くようにして話し始めた。


「あんまり人前で話せる内容じゃなかったからさ。
正直今ここでお前らにこの話をすることが正解なのか俺はわからない。だけど、後で後悔したくないから言うよ。
俺に文句を言いたくなると思うけど、それはちゃんと俺もわかってるし後で受け止めるから、まずは話を最後まで聞いてほしい」


物語の始まりのような重々しい話の導入に私とレオは顔を見合わせた。

だけどそんな私たちの様子を気に止めることはせず、そのまま翔太さんは一言言った。


「アイは家族から虐待を受けてる。」


静まり返った部屋に翔太さんの声が鈍く響いた。


私はちゃんと翔太さんの声は届いていたけど、文章を分解し、言葉の意味を理解するのにしばらくかかった。
そして、それを飲み込むのにも時間を要した。

他の3人も同じ様子だった。

声も出ず、口を開けたり閉めたりを繰り返すことしかできなかった。


「虐待って、ちょっと、翔太ふざけたこと言うなよ」


レオが声をうわずらせながらそう言ったが、本心ではそんな風には思ってないようだった。

それは翔太さんにも伝わったようだった。


「お前らもアイのこと変だと思ったことないか?
傾いたメガネや不揃いの髪の毛とか、異常なほどのネガティブ思考とかお金を持ってないとかさ」


翔太さんの出す例以外にも私の頭にはいくつも不思議に思っていたアイの言動が浮かんでいた。

スマホが主流となった今時でそう見ない携帯電話を使っていること、お昼は毎日おにぎり一つでたまに持ってくるのを忘れたという日もあった。
ファミレスではポテトひとつしか頼まないし、音楽を聴く手段もないと言っていた。

不思議な子だなで済ませていた全てが急に線で繋がっていくような感覚だ。

気づけば私の手は震えていた。

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