キミと歌う恋の歌
「俺がアイと知り合ったのはあいつが小学生になってすぐくらいの頃だった。
まだ幼いのに1人でこの辺を夜まで彷徨いていたから心配になって声をかけて、CDを聞かせてやったりしたらたまに顔を出すようになった。
でもだんだん殴られているとはっきりわかるあざや傷が体や顔に増えていって、」
「それ今もなのか、?傷とか見たことないけど」
タカちゃんが口を挟んだ。
でも私も同じ気持ちだ。
アイの顔や体に目立ったあざや傷跡だったりはなかったと思う。
「学校で一度問題視されたらしくて、それからアイがわかりやすく傷をつけてくることは無くなったんだ。
だけど制服の下とか、見えない部分はわからないからな」
体が無意識のうちに震えた。
家族に殴られるアイの様子や、制服で隠していた部分に傷があるのを想像すると、吐き気がする。
「なんで、なんでアイがそんなことされなきゃ、いけないんだ」
堪えきれない様子でタカちゃんが涙ぐみながらそう言った。
翔太さんは目をぎゅっと閉じて唇を噛んでいた。
「あいつの家のことお前ら知ってるか?
この先のでかい屋敷なんだけど、父親は地元にパイプを持つ地主の跡取りで会社の社長もやってる。
母親は有名大学主催のミスコンでグランプリを取るほどの美人。
そして、長男は常に模試トップで今は海外留学中の超エリート、長女は幼い頃から芸能界の第一線で活躍する天才女優。
あいつの家族はこの辺じゃ知らない奴はいない有名一家だ。
その中であいつは1人だけ落ちこぼれで何もできない役立たず、生まれてきた意味がないって言われて育って、
食事や服、生活用品も満足に与えられないまま、あいつは1人でここまで耐えてきた」
翔太さんが口に出すのも躊躇う様子で繋いだ言葉たちが無関係の私の心をナイフでザクザクと切り付ける。
何よりも近しい間柄の家族に自分の存在を否定されるなんて想像するだけで涙が溢れて止まらない。
「バイトをしないのも、家族のせいか?」
それまで黙っていたソウジがぽつりと言葉を漏らした。
「ああ、たぶん未成年のバイトは親の同意が必要だから、同意のサインをしてくれないんだと思う」
どうしてそこまでする必要があるんだろう。
まるでアイを一生どん底に閉じ込めておきたいような、そんな感じだ。
「ね、ねえ、兄弟が2人もいるんでしょ?その人たちはアイを助けてくれないの?」
私の放った言葉への翔太さんの返事は思いもよらないものだった。
「たぶん、虐待の張本人は姉なんだ」
「…は?」
思わず声がでた。
アイの姉が戸田美愛だってことは知っている。
幼い頃からテレビで見てたし、その美しさやカリスマ性に憧れを持ったこともあり、トダミアの愛称で呼ぶくらいには好きだった。
アイがその妹だというのは高校に入ってから風の噂で知った。
だからアイと知り合った当初は実は少し邪な気持ちもあった。
仲良くしてたらあのトダミアと会えたりするかもと、
だけど、全く話題に出さないアイの様子を見て、やはり芸能人の家族は気を張ったり遣うことが多いんだと思い、トダミアの妹だと意識するのはやめた。
アイと仲良くなればなるほどにその意識は頭から綺麗さっぱり無くなっていた。
「あのトダミアがアイに虐待してたってこと?」
声が震える。
「親ももちろん加担してると思うけど、たぶん一番厄介なのは姉の方だ」
トダミアがいじめを止める学生役や若い弁護士役、正義に満ちた役柄を務めるところを何度も見てきた。
きっとこの役柄のように心の透き通った人なんだろうと勝手に思っていた。
裏切られたという言葉はここで使うのは適切ではないのかもしれない。
だってトダミアは別に私に何かを期待させたわけでもなんでもない。
でも、確かに彼女は私の憧れを裏切ったのだ。
絶望するには十分すぎるほどの話だった。
「それで、翔太はずっとそんなアイを横で見てきたのに助けようとしなかったのか?」
私が前を向けなくなって頭を抱えた時、レオは静かな声で怒りを堪えるようにして言った。
はっと顔を上げると、妙にすっきりとした顔つきの翔太さんがまっすぐにレオを見つめ返して頷いた。
「そうだ、俺はアイの受けている虐待に気付いていながら、無視をした。警察にも児童相談所にも相談しなかった」
「ふざけんなよ、アイがどんな気持ちで、!耐えてきたか」
「わかってるよ!!そんなの俺が一番わかってる!」
レオの怒鳴り声に対して翔太さんはさらに声を荒げて返した。
体が震えて、思わず両手で体をさする。
「わかってんだよ、アイに本当に必要なのはここで歌わせてやることなんかじゃないことくらい。
だけど、俺は弱いから、どうしても諦めきれなかった」
翔太さんは静かに涙を流しながら、そう言った。
「諦めきれないってどういう」
「この店か」
タカちゃんの問いかけに答えたのは翔太さんではなくソウジだった。
ソウジの言葉を聞いた翔太さんは黙ったまま頷いた。
「昔、俺がアイと知り合うより前にアイへの虐待を知って通報した家族がいた。
だけど、アイの父親は警察にも児相にも、それから商店街にも繋がりがあったせいで、全く問題視されず、その家族は逃げるようにこの街を出ていった。
その家にはアイと同級生の子供がいて、転校する時に全部お前のせいだと泣き喚いたらしい。
それからアイは誰にも助けを求めないし、傷が派手にある時は顔を出さなかったし、いつも平気そうな顔をする。
でもわかってた。
そんなこと言い訳にならないことくらい。
だけど、
だけど、どうしても俺は親父の残したこの店を諦めきれなかった…」
言葉が続かず、そのまま大粒の涙をこぼす翔太さんを責めることは私にはできなかった。
レオも同じ気持ちなようで、自分の無力を噛みしめるように目線を下げて、拳でソファを殴りつけていた。
まだ幼いのに1人でこの辺を夜まで彷徨いていたから心配になって声をかけて、CDを聞かせてやったりしたらたまに顔を出すようになった。
でもだんだん殴られているとはっきりわかるあざや傷が体や顔に増えていって、」
「それ今もなのか、?傷とか見たことないけど」
タカちゃんが口を挟んだ。
でも私も同じ気持ちだ。
アイの顔や体に目立ったあざや傷跡だったりはなかったと思う。
「学校で一度問題視されたらしくて、それからアイがわかりやすく傷をつけてくることは無くなったんだ。
だけど制服の下とか、見えない部分はわからないからな」
体が無意識のうちに震えた。
家族に殴られるアイの様子や、制服で隠していた部分に傷があるのを想像すると、吐き気がする。
「なんで、なんでアイがそんなことされなきゃ、いけないんだ」
堪えきれない様子でタカちゃんが涙ぐみながらそう言った。
翔太さんは目をぎゅっと閉じて唇を噛んでいた。
「あいつの家のことお前ら知ってるか?
この先のでかい屋敷なんだけど、父親は地元にパイプを持つ地主の跡取りで会社の社長もやってる。
母親は有名大学主催のミスコンでグランプリを取るほどの美人。
そして、長男は常に模試トップで今は海外留学中の超エリート、長女は幼い頃から芸能界の第一線で活躍する天才女優。
あいつの家族はこの辺じゃ知らない奴はいない有名一家だ。
その中であいつは1人だけ落ちこぼれで何もできない役立たず、生まれてきた意味がないって言われて育って、
食事や服、生活用品も満足に与えられないまま、あいつは1人でここまで耐えてきた」
翔太さんが口に出すのも躊躇う様子で繋いだ言葉たちが無関係の私の心をナイフでザクザクと切り付ける。
何よりも近しい間柄の家族に自分の存在を否定されるなんて想像するだけで涙が溢れて止まらない。
「バイトをしないのも、家族のせいか?」
それまで黙っていたソウジがぽつりと言葉を漏らした。
「ああ、たぶん未成年のバイトは親の同意が必要だから、同意のサインをしてくれないんだと思う」
どうしてそこまでする必要があるんだろう。
まるでアイを一生どん底に閉じ込めておきたいような、そんな感じだ。
「ね、ねえ、兄弟が2人もいるんでしょ?その人たちはアイを助けてくれないの?」
私の放った言葉への翔太さんの返事は思いもよらないものだった。
「たぶん、虐待の張本人は姉なんだ」
「…は?」
思わず声がでた。
アイの姉が戸田美愛だってことは知っている。
幼い頃からテレビで見てたし、その美しさやカリスマ性に憧れを持ったこともあり、トダミアの愛称で呼ぶくらいには好きだった。
アイがその妹だというのは高校に入ってから風の噂で知った。
だからアイと知り合った当初は実は少し邪な気持ちもあった。
仲良くしてたらあのトダミアと会えたりするかもと、
だけど、全く話題に出さないアイの様子を見て、やはり芸能人の家族は気を張ったり遣うことが多いんだと思い、トダミアの妹だと意識するのはやめた。
アイと仲良くなればなるほどにその意識は頭から綺麗さっぱり無くなっていた。
「あのトダミアがアイに虐待してたってこと?」
声が震える。
「親ももちろん加担してると思うけど、たぶん一番厄介なのは姉の方だ」
トダミアがいじめを止める学生役や若い弁護士役、正義に満ちた役柄を務めるところを何度も見てきた。
きっとこの役柄のように心の透き通った人なんだろうと勝手に思っていた。
裏切られたという言葉はここで使うのは適切ではないのかもしれない。
だってトダミアは別に私に何かを期待させたわけでもなんでもない。
でも、確かに彼女は私の憧れを裏切ったのだ。
絶望するには十分すぎるほどの話だった。
「それで、翔太はずっとそんなアイを横で見てきたのに助けようとしなかったのか?」
私が前を向けなくなって頭を抱えた時、レオは静かな声で怒りを堪えるようにして言った。
はっと顔を上げると、妙にすっきりとした顔つきの翔太さんがまっすぐにレオを見つめ返して頷いた。
「そうだ、俺はアイの受けている虐待に気付いていながら、無視をした。警察にも児童相談所にも相談しなかった」
「ふざけんなよ、アイがどんな気持ちで、!耐えてきたか」
「わかってるよ!!そんなの俺が一番わかってる!」
レオの怒鳴り声に対して翔太さんはさらに声を荒げて返した。
体が震えて、思わず両手で体をさする。
「わかってんだよ、アイに本当に必要なのはここで歌わせてやることなんかじゃないことくらい。
だけど、俺は弱いから、どうしても諦めきれなかった」
翔太さんは静かに涙を流しながら、そう言った。
「諦めきれないってどういう」
「この店か」
タカちゃんの問いかけに答えたのは翔太さんではなくソウジだった。
ソウジの言葉を聞いた翔太さんは黙ったまま頷いた。
「昔、俺がアイと知り合うより前にアイへの虐待を知って通報した家族がいた。
だけど、アイの父親は警察にも児相にも、それから商店街にも繋がりがあったせいで、全く問題視されず、その家族は逃げるようにこの街を出ていった。
その家にはアイと同級生の子供がいて、転校する時に全部お前のせいだと泣き喚いたらしい。
それからアイは誰にも助けを求めないし、傷が派手にある時は顔を出さなかったし、いつも平気そうな顔をする。
でもわかってた。
そんなこと言い訳にならないことくらい。
だけど、
だけど、どうしても俺は親父の残したこの店を諦めきれなかった…」
言葉が続かず、そのまま大粒の涙をこぼす翔太さんを責めることは私にはできなかった。
レオも同じ気持ちなようで、自分の無力を噛みしめるように目線を下げて、拳でソファを殴りつけていた。