恋するような激しさで
▲初手 Con brio(生き生きと華やかに)
いたるところからサラウンドのように聴こえるクリスマスソングを、ブーツのヒールで蹴散らしながら、広いショッピングモールの中を進んでいく。
12月24日、19:26。
街中イヴで浮かれてはいるものの、カップルだけでなく、友人同士や家族連れ、私のように仕事帰りにひとりという人さえごく普通に見かける。
ひと昔前はイヴにひとりなんて憐れみの対象だったけれど、何事も多様化していくものらしい。
誰も足を止めない。
会話もやめない。
そんな充満する喧騒とイルミネーションの隙間を縫って、一曲だけ妙にくっきり届くメロディーがあった。
クリスマスらしい華やかな、私でも知ってる『主よ、人の喜びを』。
……なんか足りない、『主よ、人の喜びの歌を』。
違うな、『主よ、喜びの人の喜び……』。
悩んでいるうちに曲が終わったので、正式名称はあとで検索することにしてエスカレーターに乗った。
時を同じくしてふたたびピアノが歌い出す。
これは知ってる! ショパンの『ノクターン……3…番』?。
2番だったかな? いや、5番だ!
懐かしさから、私はブーツを弾ませてエスカレーターを駆け上った。
『あ! あれは好き。生命保険のCMのやつ』
そんな曖昧な私の言葉に苦笑しながら、あのひとは思い付くまま数曲弾いてくれた。
それでやっとたどり着いた答えがこれだった。
思い出深い曲ではあるけれど、これがただのBGMだったら、きっとかかっていることにさえ気づかなかったと思う。
人間の放つ生々しさなのか、揺らぎなのか。
生音には生き生きとした強さがある。
お腹がすいていて、今日はどうしてもキッチンなべ島の美豚弁当が食べたくて、足早にモール内を突っ切っていたのに、ピアノを探して爪先の方向を変えた。
『ノクターン』が終わるとふっと正気に戻ったような間があり、音を探して私も脚を止めた。
すると、ここだよ、と呼ぶようにピアノはシューマンの『トロイメライ』を語り出した。
これもあのひとが弾いた曲のひとつ。
鍵盤の上をふわふわ動く指を思い出し、私は自分の指先を見た。
適当に動かしたってあんな優美な動きはできない。
吹き抜けになっている催事ホールには、相応に大きなクリスマスツリーがあった。
誰がコンサートをしているのだろうかと、ツリー越しに階下のステージを見たけれど、きれいに片付けられて誰もいない。
イスもなく、聴衆もいない。
ただ、ステージ横に“片付けられた”ピアノには、ひとり演奏する男性の姿があった。
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