恋するような激しさで
▲3手 Affetuoso(愛情を込めて)
ふたたび第二視聴覚室を訪れたのは、あれから一週間後のこと。
秋吉想はやはり左側を下にして教卓の裏にゴロンと横になっていたけれど、半分閉じた目でぼんやり室内を見ていた。
第二視聴覚室の壁際には、日差しを避けるようにアップライトのピアノが置いてあり、偏見かもしれないけど、私には彼がピアノを見つめているように見えた。
「この前はごちそうさま」
あの日もらったのと同じチーズ味スナックを渡すと、
「あ、すみません」
と軽く頭を下げて受け取った。
私が上級生であると、今さらながら気づいたらしい。
「別にいいよ。普通に接してくれても」
「それなら、そっちのコーンポタージュ味ください。チーズ味きらいなので」
図々しさに呆れながらも差し出すと、彼はさっと交換して封を開けた。
「もしかして、きらいで余ってたからくれたの? あれ」
「アソート買ったら入ってたんですよね」
隣に座って私も封を開けると、広がったチーズの匂いに、彼はわずかに眉を寄せた。
ボリボリという音とジャンクな匂いが私と彼の間に降り積もる。
「ねえ」
半分まで食べ、包装を剥きながら話しかけた。
「なんですか?」
「なんでピアノ弾かないの?」
彼は答えなかった。
けれど、それは単純にスナックを咀嚼していただけだったらしい。
「ピアノきらいなんです」
コーンポタージュ味を飲み下した彼は、チーズ味きらいなので、とまったく同じトーンであっさりと答えた。
「きらいなのに、弾いてたの?」
「そういう家系で」
「コンクールで優勝したんでしょ?」
「コンクールもピンキリですから」
「CDまで出したのに?」
「あれは伯母のついでです。俺の力じゃない」
どうりで。
検索してもコンクールの受賞歴は探せたけれど、CDは見つからなかった。