イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
河内さんはそう言うけれど、私は彼女とは違う人間だ。
予定通りまっすぐ駅まで道を進む。
胸が苦しい。込み上げてくる感情が、鼻の奥を熱くしてつんと涙の気配を呼び寄せる。
「……そんな顔するくらいなら、ちょっと通りがかったフリでもして声かけちゃえばいいのに」
顔には出さないつもりでも、上手くいかなかったらしい。
彼女の呆れた声に、私は口を噤み無言を貫いた。
普通の夫婦なら、きっと彼女の言うような行動も許された。
だけど、私たちは違うのだ。
――お互い干渉しないこと。
結婚契約書の箇条書きの一行目。
頭の中で消えかかっていたその文字が、しっかりと新しい印判で押されたようにくっきりと浮かび上がっていた。