イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
ごぽ、ぽ……という音と共に、郁人のカップにコーヒーの最後の数滴がしたたり落ちる。それが合図にみたいに、時間は正常に流れ始めて彼の手が私のカップを持ち離れていった。
注ぎ口のカップを入れ替えて、ボタンを押すと再びコーヒーが音を立てる。
「朝から、何を読んでたんだ?」
「え?」
「本」
「あ、恋愛小説。昔のだけど、読み返してて」
「最近、恋愛ものが多いな」
たしかに、このところずっと恋愛ものしか読んでない。
「うん、でも、もう何度も読んじゃったから新しいの探しに行こうかな」
何か見透かされているような気がして、顔が熱くなって汗が滲んだ。
「図書館?」
「うん。あ、本屋さん巡りもしようかな」
「俺も行っていいか」
「え」
びっくりして顔を上げる。
相変わらず表情に感情が乏しい彼だが、ちょっとだけ眉が下がって私の様子を窺っているように見えた。