イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
遠目に見ても綺麗な人だと思っていた。けれど間近に見れば、それ以上だ。整った顔立ちは目尻が少し垂れてふんわりと優しく甘い。そんな美しい人が、まっすぐに私を見て微笑んでいる。

心臓が、息苦しいほどに激しく鳴り始めて、表情を取り繕うのに必死だった。
頭が働かない。

「……佐々木はただいま、仕事で外出中です。どういったご用件でしょうか?」
「ですから、会いたいんです。いつ頃戻られます? 連絡を取っていただきたいんです」

恐らく受付でも何度も聞かれたことなのだろう。少し苛立ったように彼女は眉根を寄せる。しかし、会いたいという理由だけでは、ここにいない本人をわざわざ呼び出すわけにはいかない。
そもそも、ただ本人と連絡が取れないというだけで、わざわざ会社にまで来てしまうのはどうなのだろう。

「すみません、今日は直帰の予定になっておりまして」
「だったら連絡を取ってください。さっきから何なの? ずっとそうお願いしているのだけど」
「携帯にかけてはみたのですが、商談中ですとすぐには連絡がつかないこともありますので……」

もうじき定時も過ぎる。
緊急、という様子でもない。
普通ならいくら身内とはいえ、ただ『会いたい』というだけでこんな風に会社にまで来たりはしないと思うのだが、これが当然だとでもいうように堂々たる態度に、自分の感覚がおかしいような気になってしまう。

いや、でも。
やっぱりちょっと、普通じゃない。彼女の方が。
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