イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「大丈夫だから」
さすがに、婚約者が現れたとは言い難い。一体何が大丈夫なのかと自分でもよくわからない言葉しか出てこないが、それ以上言いようもなかった。
けれどそれが河内さんにとっては余計に苛立つものだったらしい。
一層眉がひそめられ、それから呆れたものになった。
「経理の鉄仮面が、情けない」
「は?」
なんだそれは。
「歩実さんが経理にいた時の渾名ですよ。まったく融通の効かない鉄壁防御がいるって」
「……悪口にしか聞こえないんだけど」
「だって渾名ですから」
ただ真面目に仕事をしていただけなのに、まさかそんな風に囁かれていたとは。
憮然として口を閉ざした私に、河内さんの言葉が続く。
「どんな小さなミスも不備も見逃さない、執拗に追及してくる経理の鉄女も、旦那の女性問題には逃げ腰なんですね」
つまらなさそうに肩を竦めて、私の横を通りすぎて行った。