イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「歩実」
「ん……っ」
「俺が選んだ、俺の妻だ。絶対離さない」
蕩けた頭に、郁人の声が染み入る。
肌がヒヤリとして、そこが濡れているのがわかる。官能を覚えさせるようなキスから、優しく宥めるような軽く触れるだけのキスに変わった。
郁人はもしかしたら、ずっと大人の思惑に晒されて、誰かの言いなりの生き方しかなかったのだろうか。
そんな中で、上司の紹介とは言え私がいいと思ってくれたのだろうか。
だとしたら、嬉しいよりも上回る、寂しさと危うさを感じた。
この手を決して、離してはいけない。
私がそのことに考え及ぶのは、すっかりキスで負かされて彼の腕の中で脱力してからのことだけれど。
私を膝に抱えて肩を揺らして笑う郁人は、嬉しそうだった。ほんのりと頬が朱に染まる、ここまで感情が滲み出る表情は初めて見て、私の方は逆に気恥ずかしくなり彼の胸に顔を埋める。
この先、たとえかすみさんや彼の家族に何かを言われることがあっても、この人から離れてはいけない。
そう思った。