イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
主昭が、会社を継ぎたくないと言って行方知れずになったのは、俺たちが結婚してからすぐのことだ。常盤かすみが俺の前に現われて、相手が変わっても別に構わないと言い出したのはそのすぐ後。
叔父夫婦には、勝手に結婚した経緯はとっくにバレていたが、こんな事態にさえならなければグチグチと小言を言われてもそれ以上はもう彼らにもどうしようもないはずだったのに。
歩実から、常盤かすみに会ったと聞いた翌日、俺の方から会いに行った。食事に連れて行けというのを断って、駅前のカフェに向かう。不満そうだったが、無視して店内に入った。
「まだ何も決まっていないことを歩実に言うのはやめてくれ」
「あら、もう決まったようなものでしょう。主昭さん、本気で会社を放棄するつもりでしょう? 文筆家になるんですって」
「連絡は取れてるのか?」
「居場所は知らないわ。電話があったの」
ひょい、と肩を竦める彼女は、本当に相手は誰でもいいと思っているらしい。
「あの人、ずっと言ってたのよ。俺には会社経営なんて無理だ、って」
「……だからって文筆家はないだろう」
「あら、いいじゃない夢があって。会社は向いてる人間が継げばいいのよ」
頭痛がして、思わず手で額を覆った。
「郁人さんがいるから、彼、姿を消したんじゃないの? ふらふらしてそうで、馬鹿じゃない。ただ、自分より郁人さんの方が向いてると気づいてしまったから、プライドが許さなかったんじゃないかしら」
そんな、簡単な話じゃない。
叔父夫婦にしてみれば、実の息子に会社を継がせたいはずだ。しかし、常盤家との婚姻関係ありきで進んでしまっている事業もある。全国規模のリゾートホテル事業で、今その仕事に波風を立てるわけにはいかないのが会社の事情だ。万事上手く運ぶには、主昭に出て来てもらうより他にない。