イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活

俺も、まったく考えなしにここまで来たわけじゃない。
この先のことを考えて、社外に個人的に作ってきた人脈がいくつもある。ただ、まだ足りない。もう少し、時間が必要だった。

この春から、主昭には取締役常務というポストが与えられた。会社経営を実地で学ぶと同時に、周囲から後継者としての力を測られる意味もある。おそらく、それらから逃げ出したかったのだろう。


「……と。郁人?」

いつの間にか、考え込んでいたらしい。歩実の声に意識を呼び戻され、はっと隣を歩く彼女に目を向ける。
昨日買って帰ったホットプレートを活用するために、スーパーに買い物に向かう途中だった。

「どうしたの?」
「いや。何も」

そう言って口角を上げて見せても、わざとらしく笑ったようにしか見えなかったのかもしれない。
心配そうに、少し眉尻を下げてこちらを覗き込んでくる。

「お好み焼きの具で、美味かったのを思い出してた」

そう言うと、一瞬目を見開いたあと、「ぷっ」と噴き出す。いつも控え目な表情が、珍しく大きく破顔していた。
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