イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活

郁人は、とても良い旦那さんだと思った。
とても良い、普通の旦那さんだ。こうして見ていると、彼が会社の後を継ぐかもしれない人だなんて、思えない。

とても幸せなのに、そのことを考えるとちょっとだけ胸がちくりとする。
なんだか、本当はとても遠い人なのかもしれないと思ってしまうのだ。いつか手の届かない遠くに行ってしまうような気がするのだ。

彼の抱える事情が、私にはどうすることもできないものだからかもしれない。
何かあった時、私は黙って彼を信じるしかできない、何の力もないことが、不安の原因だろうと思う。

「ねえ、あれから、大丈夫? 主昭さんまだ帰らないんだよね?」

会話の隙間に、ちらりと聞いてみた。
常盤かすみさんも、あれきり会社には来ていない。

「ああ。心配かけて悪いな」
「ううん。私は、大丈夫だけど」
「俺たちはこのままだ。後継者が誰になろうとそれは変わらないけど」
「……けど?」

郁人の語尾が弱くなって、何か問題があるのかと胸が重くなる。

「……俺が継ぐことになったら、苦労かける。目立たないようにとかは多分無理だろうし、人付き合いが苦手な歩実にはあの親戚連中はキツいだろうなと思う」





< 214 / 269 >

この作品をシェア

pagetop