イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
そんな会話をした夜だからだろうか。
子供の話をしたから、という意味じゃない。互いの心の内をさらけ出したような会話は、間違いなく私たちの距離を近づけた。

心が近づいた。寄り添うように在りたい感覚を得たのは、私だけではなかったみたいだ。ふたりともお風呂を終えた後、いつもなら本に集中する私がなんとなく、手に取ることもしなかった。「寝ようか」と言った彼に頷いて、一緒にリビングを出る。

いつもなら、ここで別々の部屋に入るのに、寝室の前で郁人の手が私の手首を掴んだ。
立ち止まった私の様子を見るように、手首にある大きな手が下りて手のひらをなで、指を纏めて掴む。

私は無言で、彼の手を握り返した。
それが返事だった。

「嫌なことはしない。怖いことも。ただ、一緒に眠るだけでもいい」
「ん……うん」
「だから、正直に言ってくれ」

寝室の中に入り、ベッドに腰かけると心臓がやたらとうるさく鳴り始めた。
緊張のせいか、まだ何にもしていないのに頭が朦朧してきてしまう。

怯えさせないように、そっと、彼の手が私の頬に触れる。
ゆっくりと上向かされて、唇が重なる瞬間、なんだか目頭や鼻の奥が熱くなった。

キスはもう何度もしているのに、それすら初めてのように触れてくれる唇が優しすぎて、泣きたくなる。

誰が想像できるだろう。
オフィスで、あんなに冷ややかな顔しか見せない郁人が、こんな優しいキスをするなんて。多分、これこそが彼の本質なのだと思う。
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