イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「馴れ馴れしくしないでください。妻は人見知りなんで」
「なんだよ。だったらこっちから積極的に話しかける方がいいんじゃないのか。なあ?」
語尾と同時に、郁人の向こう側からにこやかな顔を覗かせてくる。
「あ、はい。あ……いえ、あの」
確かに向こうから話しかけてもらう方が、慣れない相手との沈黙よりも気まずくない。だから頷いたのだが、郁人が不機嫌な顔で私を横目に見たのですぐさま否定してしまい、一体どっちなんだという返答になってしまった。
「おいおい、怯えさせんなよぉ」
「別に歩実に怒ってない」
心底おかしそうに動木さんが破顔する。
郁人は彼が苦手なようだが、彼の方はかなり郁人を気に入っているらしい。ふたりのやりとりからそう感じさせられた。
顔の皺や髪に混じる白いものから、おそらくは父親くらいの年齢の男性だと思うのだが、仕草や話し方の雰囲気がぱっと見の年齢を下げて見せている。
なんとなく、男性の方が郁人に絡み郁人が戸惑う、もしくは鬱陶しがる、そんな絵面が容易く想像できた。
郁人は水割りを、私はカクテルを作ってもらって、ちびちびとお酒を飲みながらふたりの会話を聞いていた。時々、相槌を打つ。
どうやらふたりは、仕事の上ではかなり付き合いがあるらしい。それも多分、眞島の方に関係するのだろうか。
そして、郁人はここに来る前から私のことを彼に話してあったらしい。
名乗る前から、私の名前を彼は知っていた。