イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
少しだけ、ほっとする。
眞島の方の仕事では、郁人はどういう状況なのだろうと心配していた。針のムシロのような場所だったら、と考えると居てもたってもいられない。なのに私には手助けも、見守ることすらできない。けれど、ちゃんと郁人の味方になるような人はいてくれるらしい。
「彼には、仕事で随分世話になってる」
「そうなんだ。取引先?」
「まあ、そうだな」
バーを出て、帰り路。タクシーで帰ろうと、駅のロータリーまでのんびりと歩いていた。
どことなく覇気のないような相槌だったので、隣の横顔を見上げる。
まっすぐ前を見ている。けれど僅かに眉を寄せている様子に、小さな不安を覚えた。
「どうしたの?」
「ん?」
「何か、悪いことでもあった?」
私が尋ねると、彼がちょっと驚いたようにこちらを向いた。
「え、何? ほんとに悪いこと?」
「いや」
顔を横に振った後、口元に小さく笑みを浮かべる。
「俺は、感情がわかりにくいとよく言われるんだが。歩実には隠しごとはできないな」
「やっぱり、何かあったの?」
「大丈夫だ。ちょっと、上手くいかないことがあっただけで」
本当に、そうなのだろうか?
心配になって彼から目を離せない私に、郁人が苦笑した。
「本当に。ただ、彼は信用できるから、歩実に紹介しておきたかった」
「そうなの?」
「ああ。もし何かあったら彼を頼ったらいい」
「ええ? いや、それは、人見知りの私にはハードルが高いよ」
「はは。そうかもしれないな」
たった一度会っただけの人に頼るとか、普通でも遠慮するはずなのに。
変なこと言う、と思った。
けれど「信頼出来る。俺は苦手だけれどな」と笑って肩を竦めたので、私も笑ってしまい、小さな違和感を会話の流れの中に置き去りにしてしまった。