イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
朱の付いたハンコをティッシュで拭う。ゴミ箱はどこかと探したら、彼が手を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「……案外簡単だな」
「え?」
「さすがに呆れられるかと思っていた」
普通なら断られる案件だという自覚はあるらしい。全くその通りだ。私みたいな奇特な人材が相手でなければ成立しなかった。だけどそれはお互いさまだ。
「最初っからこういうお話でしたし」
ハンコをケースにしまいながら、私はほんのちょっとだけ肩を竦めた。
普通、たとえお見合いだとして結婚することになれば多少なりとも相手を知ろうとか、距離を縮めるために会話を持とうとか、そういうことを考えないものだろうか。とにかく彼は、指輪のサイズを伝えてから二か月間、全く連絡してこなかった。
式をするわけじゃないから話し合う事柄がなかったからかもしれないが、さすがに音沙汰がなさ過ぎた。しかもオフィスではいつも通り過ぎて、お見合いそのものが夢だったかなんて考えたくらいだ。いや、やりとりの痕跡が残っているのだから夢ではないとすぐに思い直したけれど、やっぱり嫌になったんだろうと思いかけていた。