イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「あの、気分を害されたならすみません」
「ああ、いや。なんでもない」
何やら複雑な表情で、彼はすいっと前を向いてしまった。
男の人って、よくわからない。
首を傾げて、しばらく無言で歩く。周辺を見渡し、郵便ポストだとか本屋だとか、気になったものに目を留めながら静かに歩いていると、突然名前を呼ばれた。
「歩実」
「え」
「出たついでだ。夕食は外で食べよう」
佐々木さんが指差した方には、店がいくつか並んでいた。が、私はそこに並ぶ店が和食なのか洋食なのか、ファミレスなのかよく見る余裕はなかった。
今、歩実って。
下の名前を、男の人に呼ばれた。
慣れない私の思考回路を固まらせるには、十分すぎる威力だ。ところが彼は少しも意識もしてないようで、私の反応も特に気にせず店の方角へ歩いていく。
もしや、今のは聞き間違い?
「何か食べたいものがあったら言ってくれ」
もう一度、『君』とか『園田』とか今までどおりで呼んでくれたら、聞き間違いってことで処理できるのだけれど。
「歩実?」
訝し気にもう一度、はっきりと名前で呼ばれ、聞き間違いではないと理解した途端、ぼっと顔に火がついたように熱くなった。