イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活


「……いえ、じゃあ、郁人さん、で」


 夏の暑さ以外の熱さを感じながら、どうにか小声でそう絞り出したのだが、それでは納得がいかないらしい。


「同い年なんだから呼び捨てでいい。敬語も仕事中ならまだしも、聞いてるこっちも暑苦しいからやめてくれ」


 もうちょい優しい物言いはできないものか。さすがにちょっとむっとして隣を睨むと、彼はもう私の方など見てはおらず、先にある暖簾の下がった店を指さした。


「特に希望がなければあの定食屋が美味い」


 むすっとした私を気にするでもなく、彼は定食屋を指さし『どうする?』と尋ねるようにじっと私の反応を待っている。


 ……まあ、確かに、ずっと敬語なのはお互い疲れるかもしれない。


「……お蕎麦が食べたい。引っ越し蕎麦」

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