イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
近づく距離と遠ざかる平穏
郁人と一緒に歩いて営業部の入口に差し掛かる。と、中から刺さるような視線が飛んでくる。私と同じ、営業事務の女性社員数名の視線がとにかく、砥石で研いだように鋭い。
痛い痛い。
そそくさと郁人から距離を置いて自分のデスクに戻ろうとしたのだが。
「歩実」
「えっ、はい! 何?」
どうしてオフィスで下の名前で呼んだ!?
といっても、ふたりとも佐々木なのだから確かに名字で呼ぶのも変だけども。できれば、そういうやりとりはしたくなかったから、オフィス内では極力業務以外の会話をしないようにしているのに。佐々木さんは全く、なんとも思っていないらしい。
「予定が変わって今日は定時で帰る」
「あ、わかりました」
まだ昼休憩の時間だし仕事の会話でもないけれど、焦って敬語で返事をした。彼はちょっと眉を寄せたが、すっと自分のデスクのある方へと歩いていった。