イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「こけないように気をつけろよ」
「あ、うん。ありがとう……」
突き放されたわけではないけど、今の手の放し方は、それはそれで大仰だった気が。
びっくりして、しばらく瞬きしながらぽかんと郁人を見上げた。
「行こう」
私の視線に気づかないのか、彼はすぐに進行方向に向き直った。更に歩くテンポをゆっくりとしたものに変え、先を促す。
……女性が苦手とは言ってたけど、あんな風に触れるのも苦手ってこと?
でもオフィスにいる時の彼はそれほど極端に女性を避けてたイメージもないし……。
違和感に首を傾げる。
しかし不思議に思いながらも、何事もなかったかのように流れる空気にはほっとした。やっぱり程よい距離感の方がいい。ばくばくと忙しく働いていた心臓が、ちょっとずつ落ち着いてくる。
そしてやっぱり、何事もなかったかのように彼が言った。
「……卵焼きは入れて欲しい」
「ぷふっ……了解」
随分と質素なリクエストだ。
おかしくてつい笑ってしまった。
そうして翌日以降から、お弁当リクエストは割と毎日に近いペースで入ることになった。