イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「ほんとに。取っ手がぽきっと。長く使ってたし仕方ないね」
取り繕って笑うと、郁人はそれ以上何も言わなかったけれど、黙ったまま食器棚に近づき紺色のカップを出してきた。
「コーヒー淹れるならこれ使え」
「あ。ありがと。郁人は?」
「俺はいい」
ありがたく郁人のカップを受け取ってインスタントコーヒーを淹れていると、少しの沈黙を置いてまた話が蒸し返される。今度は、はっきりと。
「まだ嫌がらせされてるのか」
「えっ」
驚いて顔を上げる。郁人を見れば確信を持った目で私を見ていて、彼が全部知っていたのだとわかった。ほとんど会社にいないから、てっきり郁人は気付いてないと思っていたけれど。
……知ってたんだ。なんか、情けない。
「たいしたことじゃないから大丈夫。仕事に支障はないし、ほんとに」
笑って言いながら、恥ずかしくて情けなくて。顔が赤くなるのがわかる。郁人につりあわないことは重々わかっていたし、そのことで他人に何か言われてもそれほど堪えない。だけど、そのことを郁人に知られるのは恥ずかしい。
私のせいで、郁人にも嫌な思いをさせたかもしれないと思うと、余計にいたたまれない。