恋愛下手な年下研究者の実験体になりました。
律紀は嬉しそうに微笑んでから、夢の右手を取った。そして、掌に小さくキスをした。
「ここ、痛かったですよね。」
「ううん。大丈夫だよ。理央さんに上手なお医者さん紹介してもらったし、理央さんに抜糸もしてもらったから。」
「………そこで先輩の名前出てくるのが悔しいですね。」
「素敵先輩じゃない。」
少し嫉妬してくれる彼を可愛いと思いながら、夢はクスクスと笑ってしまう。
右手にあった光る鉱石は、もうそこにはない。彼を自分を繋いでくれたその鉱石がそこからなくなってしまった事は、少し寂しくもあった。けれど、鉱石はしっかりと律紀がもっているし、なくなってしまっても一番大切な彼が、もう自分の隣に居てくれる。それだけで、夢は安心出来るのだ。
そして、昔の記憶の事も同じだ。
忘れてしまったとしても、彼との約束は変わらない。
夢は、そんな事を思っていた。
「あのね、律紀くん。少し考えていたんだけどね。」
夢は、律紀が右手を取っていた手に夢の左手を更に重ねて、彼の手を包むように添えた。
そして、しっかりと律紀の綺麗な目を見て話しをした。眼鏡をかけていない彼は数時間前の大人びた彼を思い出してしまい、少しだけドキドキしまう。
「私、昔に律紀くんと約束した大切なこと忘れてしまったけど、きっと心の中で忘れちゃいけないって思ってたんだと思うの。」
「……どうしてですか?」
「私の行っていた大学は美大なんだ。絵が好きなのは昔からだったけど、私が指導を受けたいって思って、ゼミをお願いしてたのは絵本作家のキノシタイチ先生なの。その先生を選んだのは、きっと律紀くんの約束をどこかで覚えていて、忘れたくなかったからだと思うんだ。」
もしかしたら、ただの偶然かもしれない。
けれど、彼の話しを聞いてから、夢は偶然ではないと直感した。
夢だって、子どもの頃に鉱石の話が出来る友達はいなかったはずだし、自分より年下の子が鉱石に詳しいのを驚き、もっと話してみたいと思ったはずだ。
自分の絵を褒めてくれて、一緒に絵本を作りたいと約束までした。
きっとあの約束は、その時何より嬉しかった。
夢がもし昔のことを覚えていたら、その約束を大切にしていたはずだと思った。
忘れたからこそ、彼に恋して、彼に再会した。
事故にあったのは、彼に恋するため。
そんな風にさえ思ってしまう。
自分でも重症だなぁと、夢は心の中で笑った。
「じゃあ、絶対に夢を叶えましょうね。」
「えぇ。頑張ろうね、律紀くん。」
夢と律紀は、少し未来の話をしながら、またうとうとと眠りについた。
彼とならば、きっと叶えられる。そう確信して夢は意識がなくなる前にそっと微笑んだ。
2人が寝たのは、寒空がほんのりと明るくなってきた頃だった。